ヤコブ・ヤン・ボエルマ氏が作るオランダのガストロノミー、横浜に上陸 【後編】この地で成し遂げたいこと

ヤコブ・ヤン・ボエルマ氏(左)と、スマークのヘッドシェフを務めるロブ・ノッレ氏(右)。ノッレ氏はオランダ出身で、ボエルマ氏とともに働いた経験を持つ。

オランダのガストロノミー界を代表する三つ星シェフ、ヤコブ・ヤン・ボエルマ氏がプロデュースする「SMAAK(スマーク)」(横浜・馬車道)が、2022年12月にオープンしました。ここでは、オープンに際して来日したボエルマ氏へのインタビューを、前後編の2回で掲載します。後編の今回は、横浜で成し遂げたいことについてお伝えします。

高価でなくてもクリエイティブで満足度の高い体験を提供できる

——「スマーク」はどのようなコンセプトのお店でしょうか?

一番大切にしたいのは「プライスクオリティ」、つまり価格以上の満足感です。

この店はそんなに高額ではなく、少しぜいたくしたい時に誰でも来ていただけるような価格帯を心がけています。そして、その価格を上回るおいしさ、満足感をご提供するのです。この気持ちが強いです。

「チキンカレーマカロン オランダ風」。キュウリやチキンをカレー風味のマカロンとゼリーで挟んだアミューズ。商船貿易で栄え、東南アジアから輸入した様々な香辛料を使うようになったという歴史や、農業大国、酪農大国であるというオランダらしさを包括している。
「チキンカレーマカロン オランダ風」。キュウリやチキンをカレー風味のマカロンとゼリーで挟んだアミューズ。商船貿易で栄え、東南アジアから輸入した様々な香辛料を使うようになったという歴史や、農業大国、酪農大国であるというオランダらしさを包括している。

価格と品質のバランスは大事です。際限なく原価をかけていい、どんな素材を使ってもいいというのは楽でしょうけれど、一定の価格の中で工夫し、品質がよいけれどそこまで高くない落とし所を見つける方がやりがいがあります。そこが、自分にとってのチャレンジであり、おもしろいところです。

たとえば、ナスをモロッコのスパイスで仕立て、かつヨーロッパのニュアンスも入れた料理があります。また、キュウリをさまざまな形態、食感に仕立てた料理もあります。ナスやキュウリ自体は高価な食材ではありませんが、自分らしいアプローチを入れることで、価格以上のおいしさを実現したいと思っています。

「焼き茄子、モロッコのマックススパイス、自家製ビネガー、シブレット」ありふれた、決して高額ではないナスだけを主素材として使い、そこにモロッコのスパイス、自家製ビネガーの酸、シブレットの爽やかさを加えて仕上げた、たくさんのテストの中で生まれた一皿。
「焼き茄子、モロッコのマックススパイス、自家製ビネガー、シブレット」ありふれた、決して高額ではないナスだけを主素材として使い、そこにモロッコのスパイス、自家製ビネガーの酸、シブレットの爽やかさを加えて仕上げた、たくさんのテストの中で生まれた一皿。
「軽く〆めたサバ、シソ、キュウリ、クスクス、和風セビーチェ ホースラディッシュ、野菜のマリネとピクルス」。ボエルマ氏曰く「オランダでもっともポピュラーな野菜の一つ」というキュウリを輪切り、スライス、ピクルス、ジュレなどさまざまに仕立て、〆サバなど日本料理の要素も合わせて仕立てた一品。
「軽く〆めたサバ、シソ、キュウリ、クスクス、和風セビーチェ ホースラディッシュ、野菜のマリネとピクルス」。ボエルマ氏曰く「オランダでもっともポピュラーな野菜の一つ」というキュウリを輪切り、スライス、ピクルス、ジュレなどさまざまに仕立て、〆サバなど日本料理の要素も合わせて仕立てた一品。

リスペクトにあふれ、繊細で微妙な違いを尊重する日本料理

——日本の食文化に触れてみて、どのような印象を持ちましたか?

私は昔から日本の食が大好きなのです。2009年には、東京で立ち上がったばかりの「ミシュランガイド東京」を携え、星付きの店を食べ歩きました。それ以来、日本にはたびたび訪れています。また、2019年の「クック・ジャパン・プロジェクト」での来日の際は実際に料理を作って提供し、素材に関する知識を深めることができました。

日本の料理は、わかりやすく派手な料理ではないかもしれません。しかし自分たちの素材、食文化に対する深いリスペクトがあります。敬意にあふれた料理なのでは、と私は思っています。

たとえば、東京で寿司店を回ったとしたら、今の時期に出てくるネタはどの店でもほぼ同じです。なのでインスタにアップしても、世界の友達からはつまらなく見えるかもしれません(笑)。でも同じネタであっても、実際は店によって味はまったく違い、一つとして同じものはないのです。仕込みの仕方、切り方、熟成の具合、酢の選び方……そうした繊細で微妙な差があります。

こうした事実を知っている西洋人は、10%もいないのではないでしょうか? 表面的なことは知られているかもしれません。この国の料理の本当の質をもっと海外の人に知ってほしいですね。そして日本料理には、この本質を変えることなく続いてほしいと思っています。

あと日本で感じたのは、ここでしかない素晴らしい食材があるということ。魚介類、ワサビなどが特に印象的です。あと、日本に来るたびに知らなかった素材をどんどん発見しています。梨、花山椒などは大変興味深い素材です。今の時期、和食店で食べることができる百合根、むかご、海老芋なども最高ですね。

こうして見つけた素材を自分らしく仕立てたり、世界のさまざまな風味をきかせて料理を作りたいです。ヨーロッパで使っていた食材を輸入しても、つまらない。せっかく日本にいるのですから、この土地の素材の魅力を、私なりの方法で引き出していきます。

「サーモン、菊芋、きのこ、ラスエルハヌート」。ラスエルハヌートは北アフリカのミックススパイス。「日本の菊芋はサツマイモのように甘く、海外のいわゆるトピナンブールとは全く違う」、とボエルマ氏。
「サーモン、菊芋、きのこ、ラスエルハヌート」。ラスエルハヌートは北アフリカのミックススパイス。「日本の菊芋はサツマイモのように甘く、海外のいわゆるトピナンブールとは全く違う」、とボエルマ氏。

生きたコミュニティのようなチームをめざす

——どのようなチームを作りたいですか?

今は言葉が通じないものの、食べ物のことが共通言語となっています。あとはGoogle翻訳を駆使して乗りきっていますね(笑)。

チームのあり方としては、私がシェフとして100%管理するよりも、生きたコミュニティになる方がいい。私は日本にいることも、ヨーロッパにいることもあります。どの場所からもチームを率いはしますが、自律的なコミュニティを作ることをめざします。

チームが生み出す味に関しても、今も十分に成果を出していますが、これからもどんどんよくなるでしょう。すでに成長を、非常に強く感じています。

もともと「スマーク」とは「おいしさ」という意味。そのおいしさを日本で実現するため、私も学び続けているのです。たとえばチキンストックは、オランダと同じ作り方をしても、まったく異なる味に仕上がります。グリーンハーブのソースもそうです。

それらを、日本の素材に合わせてレシピを変える作業を今、しています。日本の素材に関する知識が増えていて、どんどん調整をかけている最中。もっとおいしくなるでしょう。こうしたことも、チーム全員の知識や能力を合わせて進めていけたらと思います。

「国産鴨、チェリー、ピスタチオ、セルリアック、スターアニス」。オランダやヨーロッパの素材を使い、現地の味を再現する、というのではなく、日本の素材を積極的に使い、そこから学ぶことに非常に意欲的だ。
「国産鴨、チェリー、ピスタチオ、セルリアック、スターアニス」。オランダやヨーロッパの素材を使い、現地の味を再現する、というのではなく、日本の素材を積極的に使い、そこから学ぶことに非常に意欲的だ。

——横浜ではどのような挑戦をしたいですか?

日本のダイニングシーンの一部になること。それを、今ある日本のレストランとは異なる方法で関わっていくことでめざします。それが大きなチャレンジです。この店で成功したら、その先も新しいことをしたいですね。そんなことも考えています。

あと具体的なことでは、本当に挑戦したいのは、最初にも言ったプライスクオリティですね。スマークの食では満足いただけるプライスクオリティが可能。金額以上の素晴らしい体験、味を提供できると証明したいです。

こうした挑戦を日本でできることは幸運だと思います。誰でもが掴めるチャンスではありません。まるでギフトのようなもの。チームと共に、ご満足いただける店を作っていきたいです。

Jacob Jan Boerma ヤコブ・ヤン・ボエルマ
1972年生まれ。オランダのホテルスクール卒業後、国外で経験を重ねる。オランダに戻った20代半ばからシェフとして活躍。2002年にソムリエのキム・ベルドマン氏とともに「デ・リースト」をオープン。6ヶ月後に1つ星、2007年に二つ星、2013年に三つ星を獲得。デ・リーストは2019年に閉じ、現在はレストランのプロデュースや世界各国のイベントで活躍する。

ヤコブ・ヤン・ボエルマ氏(左)と、スマークのヘッドシェフを務めるロブ・ノッレ氏(右)。ノッレ氏はオランダ出身で、ボエルマ氏とともに働いた経験を持つ。
ヤコブ・ヤン・ボエルマ氏(左)と、スマークのヘッドシェフを務めるロブ・ノッレ氏(右)。オランダ出身のノッレ氏は、ボエルマ氏とともに働いた経験を持つ。

SMAAK スマーク
神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2 横浜北仲ノット 46階
045-323-9576
https://smaak.jp

text:柴田泉 Izumi Shibata photo, coordinate:江藤詩文 Shifumy

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