南米ペルーの首都、リマにある「CENTRAL(セントラル)」は、ガストロノミーのシーンで世界的な評価と注目を集めるレストラン。そのセントラルを率いるヴィルヒリオ・マルティネス氏が、今年の7月、東京に姉妹店「MAZ(マス)」をオープンした。来日したマルティネス氏へのインタビューを3回シリーズで紹介する最終回の今回は、マスでめざすことと、若い料理人に向けたメッセージを伝える。
マスのコンセプトは、セントラルと共通。「ペルーの多彩な生態系を表現する」だ。
マスでは9つの生態系、9つの高度をテーマとする9品の料理で構成されるコースを提供する。そして料理名では、「土地の説明・使用した素材・海抜」が記される。たとえば、「熱帯雨林 アボカド - キャビア - キウィチャ 178 MASL」、「極端な高さ トウモロコシ - 熟成牛肉 - ワカタイ 4200 MASL」、「海霧 タコ - スピルリナ - イカ 0 MASL」という具合だ(MASLはMeter Above Sea Levelの略で、「海抜」のこと)。
料理の提供時、サービススタッフはゲストに料理の内容を伝えるとともに、料理名に記されている地域についても説明する。ゲストは、スタッフからのこうした情報、料理を見た時、食べた時の印象、余韻の全体からペルーの9つの土地を感じ取り、それらの地を旅した感覚を得る。
料理では、ペルー産の素材——日本にはないスパイスや現地特有の品種のトウモロコシ、ジャガイモなど——と、ウニやイワナといった日本産の選りすぐりの生鮮素材が織り交ぜて使用される。料理の味は、堅実なおいしさをベースに、辛さ、酸味、テクスチャーなどで意外性のあるアクセントを加えた印象。初めて食べる素材への驚きと、マルティネス氏の創造性に対する驚きにあふれながらも、味の構成はしっかりとコントロールされており、世界レベルの評価を集めるレストランの底力を感じさせる。
そんなマスは、マルティネス氏にとってどのような存在なのか。また、どのような未来をめざすのか、話を聞いた。
マスではペルーから持ち込む素材と、日本で集める素材を組み合わせて使っています。今、特に力を入れているのが、日本のエシカルな生産者と信頼関係を築き、素材を仕入れること。ヘッドシェフのサンティアゴが意欲的に取り組んでくれています。そうして得た日本の素材を使いながら、ペルーの生態系を表現していきたいと思っています。
もちろん、自分たちのホームではない土地で、このコンセプトを実行するのは簡単なことではありません。ただし、私たちは違う文化、違う言語、違う生活スタイル、違う人々、違う価値観……そうした環境で自分たちらしい表現をすることに意義を感じているのです。
実はMIL(ミル。アンデス山中にあるセントラルの姉妹店。詳しくは中編参照)でも同じ経験をしているんですよ。ミルがあるエリアはケチュア(先住民族)の文化圏で、僕も彼らの言葉は分かりません。その中で現地のカルチャーを理解し、ローカルの素材を用いて創作を行う。そうした意味では、この東京のマスと似ているのです。なのでマスは、セントラルとミルの両方の要素がある店だといえるでしょう。
マルティネス氏とフェルナンデス氏がマスで取り組むのは、ペルーの生態系の表現。そのため、彼らはこれから日本各地に足を運びたいと話すが、「そこで、ペルーで行っているような調査や研究をしようとは、現段階では考えていない」という。
私は今までに何度も日本に訪れていますし、日本の自然や文化への強いリスペクトを持っています。しかし日本の生態系に関しては日本のスペシャリストの方々がいらっしゃいますし、私たちは日本の自然に対する知識が充分にありません。それを追うよりも、私たちは、私たちのルーツであるペルーの自然を東京の人たちに伝えていこうと思っています。
ただし日本、そして東京は非常に成熟したガストロノミーのある土地です。そうした中で意味のある店になるには、深さが必要です。そのため、マスはしっかりとした長期的なプロジェクトとして取り組み、成長させていくことが大切だと考えています。
たとえば、日本各地の食材を探し、各地のスペシャリストと交流を持つ中で、何か長期的におもしろいことが起きてくるかもしれません。こうした可能性に対して、開いた姿勢でいようと思っています。
セントラルでもそうでしたが、レストランは続けていくことで少しずつ進化します。また、世界のどんなレストランも同じだと思いますが、自分たちの店のアイデンティティを見つけるには一定の時間がかかります。マスのアイデンティティも長期的に育て、進化させていくものだと考えています。
でも、軸は変わりません。それは、自分たちの文化の中に入っていって、過去や伝統とつながること。こうしたことに対する私たちの情熱やメソッドも、マスで感じていただけたら嬉しいです。
インタビューを通じて、マルティネス氏はくり返し「シェフという職業は、以前と比べてはるかに大きい責任と意義を担うようになった」と話していた。たとえばマルティネス氏は料理を通じてペルーの自然、文化、伝統の価値を高め、保存に貢献している。さらに、先住民族や研究者たちの間に交流と誇りを生み出している。
マルティネス氏のように、社会的に意義ある活動をするシェフになるには何が必要か? 若い料理人へのメッセージとして聞いた。
もしも、文化の価値や哲学を発信するシェフになるという大きな志を持っているのなら、もちろんハードワークは欠かせません。しかし一番大事なのはプランです。自分はどこに行きたいのか。そこに行くには何が必要で、どのような方法をとるのが最適かを考えることです。
今の世の中はすべての事柄が速く進みます。そしてさまざまな情報、いろいろな意見が飛び交っていて、何も考えていないとすぐに埋もれてしまいます。そうなるのではなく、やはり、自分自身のために考える時間を持ち、戦略や計画を考えるのがとても大事だと思っています。
と同時に、志を実現した時、どのような自分でありたいかを考えるのも大切です。それはたとえば健康でいるか、家族がいるか、どんなメンタルでいるのか、ということ。特に、精神的な健康は大切だと思います。
ゴールに到達しても、あまり幸せでない人もたくさんいます。怒りとともに目標を達成してもハッピーではない。そんな結果になりたくないでしょう(笑)? 仕事と同時に、自分のあり方についても、ぜひ、よく考えるようにしてください。
Virgilio Martinez ヴィルヒリオ・マルティネス
ペルー・リマ出身。カナダと英国の料理学校で学び、米国、欧州で経験を重ねる。スペインでシェフとして活躍後、ペルーに帰国。2009年、リマに「CENTRAL(セントラル)」をオープンする。その後2018年アンデス山中に「MIL(ミル)」、2022年7月東京に「MAZ(マス)」をオープン。また、2013年には研究機関「MATER INICIATIVA(マテル・イニシアティバ)」を設立している。
セントラル
https://centralrestaurante.com.pe
ミル
https://milcentro.pe
マス
https://maztokyo.jp
マテル・イニシアティバ
https://materiniciativa.com
interview,text:柴田泉 coproduced:江藤詩文