ロンドンを代表するフレンチ・ガストロノミーの申し子が、全ての動物性食品に決別し、ヴィーガンになった。トップシェフ、アレクシス・ゴーティエが見ている植物食品の未来とは?
イギリスは今、ヴィーガン先進国としてひた走っている。背景にはヴィーガン人口の急増がある。特に20代前半までのZ 世代は環境問題や健康への気づきから、すでに25%が肉食を避ける傾向にあり、菜食人口は今後さらに増えていくと見られている。つまりイギリスは先陣を切ってヨーロッパ伝統の肉食文化を脱ぎ捨てつつある、ということなのだ。
ロンドンに暮らす筆者自身、ここ10年のヴィーガン市場の成長には目を見張っている。スーパーは植物性の代替食品であふれ、選択肢も増えた。外食産業は言わずもがな。ヴィーガン専門店だけでなく通常レストランもヴィーガン・メニューは必須だ。
ロンドンでヴィーガン食と言えばヒッピー文化などに結び付けられた簡単なサラダなどが主流だった昔に比べ、現在はボリューム感のあるヴィーガン・バーガーなどが人気。いずれにせよファイン・キュイジーヌとは一線を画すものが多い中で、1990年代から高級フランス料理の枠組みの中でメイン・コースになり得る繊細な野菜料理を追求してきた稀有なシェフが、ロンドンにいる。アレクシス・ゴーティエさん(Alexis Gauthier / 写真)である。
アレクシスさんはフランス出身のロンドン・シェフ。1997年に自身のミシュラン一つ星レストラン「Roussillon」で、フランス料理店としてはほぼ初めて野菜だけのコース料理を考案し、大きな話題を呼んだ。2010年にロンドンの繁華街ソーホーに「Gauthier Soho」をオープンし、高級フランス料理店として揺るぎない地位を確立。6年後にシェフ自身がヴィーガンとなったことをきっかけに、店もヴィーガン・レストランに転向すると発表! 業界を驚かせた。前年にアレクシスさん考案のメニューが「UK ベスト・ヴィーガン・メニュー」賞を受賞したことも、それを後押ししたようだ。
ゴーティエ・ソーホーが完全菜食レストランとなったのは、2021年のこと。これはフレンチ・ファイン・ダイニングとして世界初のヴィーガン・レストランが誕生したということでもあった。今やアレクシスさんはイギリスを代表するヴィーガン・シェフであり、専門家として講演や執筆活動なども行う業界リーダーだ。
筆者も野菜好きでヴィーガン大歓迎。ロンドンなら中東系のエキゾチックなスパイスや果物、ナッツなどをふんだんに使ったバラエティに富む野菜料理に日常的に触れることができる。しかしながら先日いただいたアレクシスさんの高級フレンチ・ヴィーガンはそれとは一線を画する。いやはや正直驚かされた。肉や乳製品との親和性が高いフランス料理が、ここまで力強くかつ繊細な野菜料理として立ち現れてくれるとは。
アレクシスさんは現在、ヴィーガン食に人類の未来を見出し、さらに考察を深めている。いずれ菜食主義が主流となることを見越し、大胆なテクノロジーの導入も辞さない。その思想は今回のコース料理のハイライト、3Dプリンター(!)で作った代替ミート料理によく反映されている。
この代替料理は、肉料理とともに育まれたフレンチ・ガストロノミーに多大なる敬意を表するもの。料理は「Tomorrow(明日)」と名付けられ、ヴィーガン食の未来を寿ぐ意図が込められている。アレクシスさんは昨年、英国政府からフォアグラの代替品を開発するよう依頼されたが、これは動物虐待防止のため英国ですでに製造が禁止されているフォアグラ市場のギャップを埋めるという目的があった。彼のレシピは大成功を収め、レシピ動画は現在までに680万回を超えるアクセスがある。
菜食主義者は、究極的には2種類のタイプに分かれると思う。一つは肉に興味がなく菜食に喜びを見出す人。もう一つはなんらかの理由で肉食をやめた人。後者はもともと肉好きで禁欲している場合も多いので、植物ベースの代替肉のクオリティ向上は願ってもないことだろう。アレクシスさんはロンドン中心部にカジュアルなヴィーガン・ブラッセリー「123 Vegan」も立ち上げ、幅広い世代に菜食の可能性を訴える。ヴィーガン人口は今後も増え続け、彼の活動はいずれ伝説となるだろう。
Gauthier Soho
http://www.gauthiersoho.co.uk
123 Vegan
https://123vegan.co.uk
text:江國まゆ Mayu Ekuni