ロンドンのトップシェフの一人、ヌノ・メンデス氏が率いる最旬レストランのご紹介。ポルトガル料理の過去と今、未来が見え隠れする食通ロンドナーの新しい遊び場だ。
作家の檀一雄がポルトガルに渡り、伝統料理の素晴らしさを伝えてくれたのはもう半世紀も前のことだが、ポルトガル料理と聞いて私たち日本人がどこか懐かしさを覚えるのは、彼の影響だけではあるまい。イワシの塩焼き、ジャガイモの塩茹で。まん丸の素朴なカスタード・タルトにミルク入りコーヒー。21世紀になり実際にこの足で旅をしても、シンプルな伝統料理には変わらず郷愁を誘われるものがあった。
しかし今のロンドンで食べられる現代ポルトガル料理は、それとは全く異なるものだ。魚介をふんだんに使うところは同じでも、あるシェフが十数年前にロンドンの外食シーンに登場して以来、かのポルトガル料理は洗練の度合いを増し続けている。現在イギリスで最も影響力のあるシェフの一人、リスボン生まれのヌノ・メンデスさん(Nuno Mendes / 写真)の功績なのだ。
ヌノさんはずっと、トップシェフであり続けている。ミシュランスター獲得+世界のベストレストラン50入りを果たした、今はなきフュージョン・レストラン「Viajante」を12年前に立ち上げ大成功させて以来、「Chiltern Firehouse」「Mãos」など話題の店を立て続けに世に送り出し有名シェフとしての地位を確立した。彼の料理のベースになっているのは、旅。シェフ人生の始めから世界中を渡り歩き、未知のテイストを大胆に吸収してきた。あるときはカリフォルニアの風に吹かれ、日本食の真髄に触れ、エル・ブジの門をくぐり、世界最高峰のシェフたちとの関わりの中で腕を磨いた。ロンドン上陸後はシアター風キッチンを作り上げてノーマの副シェフとコラボしたりと、常に実験的な手法で注目を集めている。
つまりその料理は「世界キュイジーヌ」と呼ぶにふさわしい。同時に母国ポルトガルへの愛情に満ちている。この3月に立ち上げた最新プロジェクト「Lisboeta / リスボエタ」は、その経験すべてを詰め込んだカジュアル店だ。彼は今、故郷の伝統をロンドンのトレンドと融合させ、ヌノ流の現代キュイジーヌに輪郭を与えようとしている。
リスボエタとは、「リスボン人」という意味。ヌノさんが生まれ育った街の風土を、食の形でロンドンに移植する。先日なんでもない平日にランチで訪れた際に気づいたのは、ヌノさん本人は現場にいないものの、シェフ・チームが作り上げる一皿一皿が一分の隙もなく素晴らしいハイスタンダードに仕上がっていたことだ。
素材への理解、ポルトガル本国へのリスペクト、経験を通して確立した優れた調理法。いただいた品々はロンドンの最高峰シェフたちによる紛れもない芸術品だった。
ヌノさんの店は常にカルト的な支持を得て不思議なカリスマをまとうことになるのだが、リスボエタも例外ではなさそうだ。 目下のところロンドンで最もホットなレストランの一つである。
Lisboeta
https://lisboeta.co.uk
text:江國まゆ Mayu Ekuni