ペルーから発信。ヴィルヒリオ・マルティネス氏の新しいガストロノミー【中編】研究機関「マテル・イニシアティバ」とアンデス山中のレストラン「ミル」

東京の姉妹店「MAZ(マス)」のオープンに際して来日したマルティネス氏に行ったインタビューを3回シリーズで掲載。 中編の今回は、氏が設立した研究機関「MATER INICIATIVA(マテル・イニシアティバ)」と、アンデス山中に作ったレストラン「MIL(ミル)」を紹介する。

南米ペルー・リマの「CENTRAL(セントラル)」と、そのオーナーシェフ兼ディレクターとして店を率いるヴィルヒリオ・マルティネス氏は今、世界のガストロノミーのシーンでひときわ高い注目と評価を獲得している存在だ。ここでは、東京の姉妹店「MAZ(マス)」のオープンに際して来日したマルティネス氏に行ったインタビューを3回シリーズで掲載。中編の今回は、氏が設立した研究機関「MATER INICIATIVA(マテル・イニシアティバ)」と、アンデス山中に作ったレストラン「MIL(ミル)」を紹介する。

地域の価値を発信し、コミュニティを活気づける。レストランができることは大きい。

海岸の砂漠地帯、6000m級の名峰を擁するアンデス山脈、そして高温多湿なアマゾンのジャングル。変化に富んだペルーの地にある、多様な生態系を料理で表現する——これが、「セントラル」が掲げるコンセプトである(詳細は前編参照)。
そしてこのコンセプト支えているのが、マルティネス氏が妹のマレーナ氏とともに2013年に設立した研究機関「マテル・イニシアティバ」だ(「マテル・イニシアティバ」は「種となる活動」というような意味。マテルは「起源、種、母」等、イニシアティバは「取り組み、活動」等を意味する)。
photo:Shifumi Eto

専門的な発見と料理を融合する

セントラルでは、ペルーの各地にある生態系を料理で表現しています。しかし生態系に対する理解が浅かったら、本当の表現はできません。つまり、料理人である自分たちの力だけでは足りない。専門家による研究を取り入れる必要がありました。そこで設立したのがマテル・イニシアティバです。

マテル・イニシアティバでは、ペルー国内のさまざまな地域で生息する素材や、土地特有の文化についての研究を行っています。研究に携わっているのは植物学、生物学の専門家に加え、人類学、社会学、歴史学、言語学の研究者などです。彼らは専門を超えて研究結果を共有しています。

マテル・イニシアティバの設立にあたり、こうしたさまざまなジャンルの専門家の協力を仰ぐことは、実はさほど難しいことではありませんでした。なぜならガストロノミーというのは、人を惹きつける力があるからです。

ガストロノミーレストランは、専門家たちの発見を発信するには最適な場所です。たとえば生物学者が、何か新しい植物を発見する。でも、それを専門家のコミュニティの外に伝える機会はなかなかありません。しかし料理に取り入れ、それをクリエイティビティとともに発信すれば、多くの人の注目を集めることができます。

あるいは、歴史学者が「先住民族のこの伝統が失われつつある」と私たちに教えてくれたとします。レストランでは、そうした状況や貴重な文化を、料理とサービススタッフの説明を通してお客さまに知ってもらうことができます。そしてこれは、伝統を守る一助にもなるはずなのです。

photo:Shifumi Eto

このように、私たちの料理にはマテル・イニシアティバにおけるさまざまな専門家の発見が反映しています。なので私たちのレストランは、ペルーの自然と文化を伝える博物館のようなものだといえるでしょう。

標高3500mの自然に浸るレストラン

2018年にオープンしたセントラルの姉妹店のミルは、アンデス山中、標高3500mの場所にあるレストラン。インカ時代の農業試験場とも言われるモライ遺跡に隣接し、周囲には先住民族のケチュア族が生活する。

ミルはアンデスの山の中、有名な遺跡の横に建っています。ゲストには長い道のりを来ていただかなくてはなりません。でもそれが重要。雄大な景色、インカの遺跡、高山の植物、ケチュアの人たちの暮らし……こうしたものの中に身を置いていただけるのがミルの特徴なのです。

料理でも、このエリアにある、その時期の素材のみを使っています。言うなれば、セントラルは都会にありながら、ペルー全土とつながっているレストラン。ミルは3500mの場所にある、この土地に深く浸っていただくレストランです。

photo:Shifumi Eto

ミルでは、希望の方にはランチの前に2時間ほどかけて、周辺をめぐるツアーにご案内しています。そのツアーでは、モライ遺跡を見ていただきながら、インカ帝国時代のその役割——円形の階段で、標高や日照時間が異なるさまざまな区画を作り、それぞれに最適な作物や栽培方法を研究したという説——をお話しします。

また、周辺のケチュアの人たちが生活する場にもお連れします。畑では彼らに昔ながらの農作物についての話を聞き、野原では彼らの指導のもと薬や染料に利用する自生植物を採る。そして最後に、ミルで食事をしていただくという流れです。

photo:Shifumi Eto

ツアーに参加することで、料理で使われる素材の背景を知ることができます。料理への理解、そしてミルでの体験全体への理解が深まり、非常に喜んでいただけるのです。

また、ケチュアの人たちが伝統的に作ってきた素材を私たちが買い取り、レストランで使うことで、彼らの収入を増やすことができます。さらに、彼らの文化を外側の人たちに伝え、価値を明らかにすることは、ケチュアの人たちの誇りにもつながります。このように、ケチュアの人たちのコミュニティによい影響を生み出すことができるところにも、ミルが存在する意義があると思っています。

次回後編では、今年の7月、東京にオープンした「MAZ(マス)」でマルティネス氏がめざすもの、そしてマルティネス氏から若い料理人へ向けたメッセージを伝える。

Virgilio Martinez ヴィルヒリオ・マルティネス
ペルー・リマ出身。カナダと英国の料理学校で学び、米国、欧州で経験を重ねる。スペインでシェフとして活躍後、ペルーに帰国。2009年、リマに「CENTRAL(セントラル)」をオープンする。その後2018年アンデス山中に「MIL(ミル)」、2022年7月東京に「MAZ(マス)」をオープン。また、2013年には研究機関「MATER INICIATIVA(マテル・イニシアティバ)」を設立している。

セントラル https://centralrestaurante.com.pe
ミル https://milcentro.pe
マス https://maztokyo.jp
マテル・イニシアティバ https://materiniciativa.com

interview,text:柴田泉 coproduced:江藤詩文

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