水と料理の関係(前編)「軟水か硬水か、水はそんなに単純ではない」


日本の料理は水の料理その核は日本の水にある

「日本の水は軟水」「おいしい水で作ると料理もおいしくなる」。そういった思い込みを持つ人は多いのではないだろうか。しかし、実は、水はそんなに単純なものではない。

 軟水や硬水という概念が、どこか感覚的に語られてしまっている今、料理においての水の資質をしっかり認識する必要がある。その思いから研究を続けているのが、フードコーディネーターの結城摂子さんだ。そこで今回は、料理と水の関係について結城さんに話を伺った。

 公私にわたり国内外の料理人と交流し、数多く世界の食を経験してきた結城さんが、水について考えるようになったのは、海外で日本料理を紹介する食事会を企画、開催した時の経験がきっかけだという。

「『エル・ブリ』のフェラン・アドリアに、茶席や茶会、懐石などで提供する日本料理の組み立て方、コンセプトを伝える食事会を開催したことがありました。ところが、日本料理の重要なポイントである、だしの旨味が、スペインの水では全然出なかったんです。そこで、海外の食事情に詳しい方に、日本料理を作る時は水をどうしているのか聞いたところ、『ヨーロッパでも軟水が売っているからどうにかなるよ』とのことで、軟水とされるボルヴィック(硬度60mg/l)でだしをとりました。それでも、日本と同じ味わいのだしが出ない。試作していき最後には、ミネラルがほとんど入っていない腎臓病患者用の水を手に入れてやってみたものの、日本のだしとはほど遠いものしかできませんでした」

 日本の水を持っていけばいい、という話のように思えるが、当時、日本の水はヨーロッパへの輸出を禁止されていた。

「でも、あとで調べたら、日本とヨーロッパの『ミネラルウォーター』についての概念が異なっていただけのことでした。日本の水は殺菌処理されているのが基本なので、輸出の際の申請カテゴリーを『ボトルドウォーター』に変えれば解決することがわかったんです。現在は、そう変更すれば問題なく輸出できるようになっています」

 結城さんは、その出来事から海外軟水と国内軟水を比較するため、官能テストと水質検査を実施した。

「その結果、『日本の味』は『日本の水の資質』によってその味の奥深さが抽出されていることがわかりました。硬水だから、軟水だからといった単純なものではなかったんです」

 そもそも「水の硬度の概念」は、18世紀の産業革命時に、蒸気機関に使用する水の質による機械内の石化を防ぐために生まれたもので、飲料としてのものではない。現在、「WHO(世界保険機関)による水の硬度の分類」の表のように、飲料水についての硬度が分類されてはいるが、もともと硬度は工業用水として生まれた概念のため、国によってさまざまな考え方、基準、算出方法があり、「軟水」について一定の基準はないのだ。

参考:WHO「Guidelines for drinking-water quality」、「Hardness in Drinking-water 」(2011)

水と料理の関係(後編)に続く
「水は調味料と考えて性質をうまく使い分ける」

結城摂子さん
東京都生まれ。フードコーディネーターの草分け的存在として、1993年「料理の鉄人」をはじめ、テレビ等メディアでのフード・テーブルコーディネートを数多く務める。また、食のスペシャリストとして、調理HACCP認証資格を取得しているほか、メニュー開発や料理イベント、HACCP講座など、料理全般に関するコンサルティングなども精力的に行っている。


澤 由香(本誌編集室 ) =取材、文 小寺 恵=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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