「やまなしの美食」誘致セミナーに約30名の料理人らが参加


「美酒・美食王国やまなし」ブランドの確立を目指し、展開を進める山梨県が、県外の料理人に山梨での開業を積極的に促すための『「やまなしの美食」誘致セミナー』を都内で開催した。日本ワインの生産量一位を誇る山梨県はソムリエにとっては非常に身近だが、今回は「美酒」に加えて「美食」までをも盛り込んだ戦略的な取組ということで、多くの料理人にとっても山梨県が、ローカルガストロノミーという潮流の中での開業の選択肢として考慮する、良いきっかけになったことだろう。

東京都・麻布十番の和食店「可不可(かふか)」にて『「やまなしの美食」誘致セミナー』が開催。同店のオーナーシェフで山梨県出身の宮下大輔氏を慕う若手を中心に、都内の料理人等約30名が集まった。

ここで山梨に出合い、現地にも是非足を運んでもらいたいと語る宮下氏。

山梨県の取り組み

会の前半では、山梨県が推進している美酒・美食を軸とした地域振興の取り組みや、美食を支える特色ある農畜水産物が、県から紹介された。

プレゼンテーションを行う山梨県観光文化・スポーツ部観光振興課の島田輝之氏

県内で活躍するシェフやソムリエで構成された「やまなし美食コンソーシアム」メンバーによる、農産物の現地調査や生産者との交流、県内の飲食店関係者を主な対象とし、県産酒(ワイン、日本酒だけでなくクラフトビールやクラフトジンも)と県産食材を使用した料理とのペアリングを体験しながらそのポイントなどを学ぶ「やまなし美酒セミナー」をはじめ非常に多くのイベントが開催され、県としてどれほどレストランをサポートしているかが、都内の料理人たちにも伝えられた。

さらに、2024年2月16日~3月17日まで開催のレストランフェア「やまなし美酒・美食マンス」には、県内の48店舗が参加し、県産食材を使用したコース料理とその料理に合う県産酒とのペアリングを提供。県内外の消費者に向けて「やまなしの美酒・美食」を大いにアピールしている。また、この「やまなし美酒・美食マンス」は前年度までの「やまなし美食ウィーク美酒美食巡り」が発展したもので、期間も参加店舗数も倍増となった。見知らぬ土地での出店となると集客に不安を感じがちだが、こうした大規模なイベントが開催されることは大きな助けとなるだろう。

また、2023年11月には県外の料理人を山梨に招く『「やまなしの美食」食材体験ツアー』も開催。これは、今回の『「やまなしの美食」誘致セミナー』と対になるもので、実際に山梨を訪ねて食材に触れながら、現地の農家やワイナリー、そして先に移住を果たした料理人や生産者たちとの交流が図られた。このように「食材体験ツアー」と「誘致セミナー」が連動しながら県内外の料理人、生産者の交流を増やすことで、県内への移住、開業を促そうと取り組まれている。

『「やまなしの美食」食材体験ツアー』には首都圏の10名のシェフらが参加し、北杜市の畑山農場などを訪れた。

やまなしの農業と地理「気候特性の異なる4つの地域」

山梨県観光文化・スポーツ部観光振興課の高瀬拓眞氏からは、「おいしい未来へ やまなし」の動画を用いながら、農畜水産物の全体概要などについて紹介された。

山梨県は大きく分けて4つの地域に分類でき、それぞれの気候に特色がある。

  • 中北(ちゅうほく)地域
    八ヶ岳や南アルプスなどを含む北西部の標高の高い地域で、冷涼なために病害虫が発生しにくく、有機野菜の産地となっている。その他、梨北米、武川米に代表される米や、すもも、さくらんぼ、トマト、ナス、スイートコーンなどの生産が盛ん。
  • 峡東(きょうとう)地域
    甲府盆地の北東部で、盆地特有の大きな寒暖差を活かした桃やブドウの大産地。「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」は平成29年に日本農業遺産に、令和4年に世界農業遺産に認定されている。
  • 富士・東部地域
    県東部の富士北麓地域と東部地域から成り、夏の冷涼な気候ときれいな湧水で、クレソンやスイートコーンなど多種多様な野菜が作られている。
  • 峡南(きょうなん)地域
    富士山の西側に広がる地域で、比較的雨が多い。そのため茶の栽培に適しており、特に南部町の「南部茶」が知られている。また、同じく高温多雨なために竹林が広範に分布し、たけのこが特産品となっているほか、標高差があることで山菜も長期間にわたって採ることができる。

こうしたそれぞれの気候を生かした農産物以外にも、ブランド化などが進む畜産物には、甲州牛、甲州ワインビーフ、甲州富士桜ポーク、甲州地どり、甲州頬落鶏といった品目・銘柄があり、さらに水産物は富士の介などの養殖魚と、様々な農畜水産物が揃っている。

山梨県の年間農業生産額は、1,139億円(2022年統計)で、そのうちの713億円(62%)が果実生産によるものだ。次いで野菜が150億円(13%)、畜産物が138億円(12%)と、やはり果実が豊富な県というのは数字にも明らかだ。

しかし今回、セミナーに参加した料理人にアピールされたのは、果実以外の食材も多様に揃っていていずれも魅力的なことで、フルーツだけのような先入観は払拭されたのではないだろうか?

山梨づくしを堪能

後半は実食のパートだ。県内の様々な食材をつかった料理とワインが、山梨県出身で2024年8月に県内にオーベルジュを開業予定の兄弟、堀内浩平シェフと堀内茂一郎ソムリエから紹介された。

二人とも一度山梨を離れており、今回の開業はいわゆるUターンという格好だ。それぞれの場所で経験を積む中で、地元の魅力と可能性を改めて認識したという。現在は、世界中から山梨を訪れるゲストを迎えるために地元の食材を探求し、生産者との交流やネットワークを深めており、今回はその知識、情報を惜しみなく共有してくれた。

これまで出合ってきた地元の食材、生産者について語る、弟の堀内浩平シェフ。
2月13日にベースとなる建物の上棟式が行われ、着々と準備が進んでいる。
建設中の店舗の名前は、富士山を見上げる場所という地元にちなんだものを考えているそう。

今回、堀内シェフが提供してくれたのは、以下の11品。1つ1つに様々な山梨の食材が使われている。

  • 富士桜ポークのパンチェッタ 鹿肉ソーセージ、あけぼの大豆のワッサン シュークルートと発酵キタアカリ
  • 梨の馬肉とタテガミのタルタル ブリオッシュと大塚ごぼう
  • ワインラムと大石いものメッシュ春巻きモミの香り
  • 鯉とビーツ
  • 甲斐路軍鶏の揚げローストと発酵白菜と南アルプスグリーンオリーブのコンディモン
  • 富士山麓牛と甲州牛の炭火焼き 山梨産トリュフと甲州赤ワインのソース
  • 上野原ハーブガーデンのブーケサラダ 南アルプスオリーブオイル、アサヤ食品7年熟成バルサミコビネガー
  • 甲府市産サフランの野菜飯
  • 森のチーズケーキ アブラチャンのベイクドクロモジのレアチーズ 鬼胡桃のクランブル
  • 木蓮の華で醸した湧水鱒のコンフィ 山梨のブラッドオレンジ グラスフェッドミルク
  • 山梨県甲斐市産アーモンドとフジバカマのブランマンジェ ヨーロッパゴールドのジュレ

さらにノンアルコールの飲料も、山梨のハーブなどから作られたものが提供された。

  • 黒松、赤松、ヒノキのコンブチャ
  • フォレストティー(アブラチャン、クロモジ、ダンコウバイ、トウヒ、ゴールドクレストウィルマ、レモングラス、クマザサ)
  • 南部くき茶のアイスティー
茂一郎さんが持っているのは、伝統野菜の「大塚にんじん」
山梨の馬肉とタテガミのタルタル ブリオッシュと大塚ごぼう
ワインラムと大石いものメッシュ春巻きモミの香り

地元に戻って食材探しを進める堀内シェフでも、山梨県は「柑橘類」が少ないという認識だった。しかし、最近はレモンなどの生産者とも知り合うことができ、山梨の食材だけを使ったメニューもバリエーションをさらに増やすことができそうだ。この堀内シェフのように、食材を開拓、発見し共有してくれる存在がいるということも、これから移住、開業を考える料理人にとっては心強いことだろう。

木蓮の華で醸した湧水鱒のコンフィ 山梨のブラッドオレンジ グラスフェッドミルク
山梨県甲斐市産アーモンドとフジバカマのブランマンジェ ヨーロッパゴールドのジュレ

ニュージーランドで11年経験を積んできたソムリエで兄の茂一郎さんからは、山梨のワインの紹介だ。造り手へのリスペクトと地元ならではの親近感がありながらも、身贔屓抜きにして世界レベルであることをしっかりと伝えてくれた。そのことは参加者たちも、試飲を通して実感できたのではないか。

丸藤葡萄酒工業 ルバイヤート プティヴェルド2019、金井醸造場キャネー甲州2014、中央葡萄酒 グレイスセレナ2019

『「やまなしの美食」食材体験ツアー』に続いて行われた今回の『「やまなしの美食」誘致セミナー』。今回は「美酒・美食王国やまなし」という戦略的な取組の中で、山梨にはフルーツだけでなくそれ以外にも様々な食材が揃っていることや、飲料もワインだけでなく日本酒もクラフトビールやクラフトジンもあり、さらにノンアルコールもこれだけのものを作る素地があるということを紹介し、それを仕入れるのではなく現地での開業や出店を促そうというものだ。ローカルガストロノミーという大きな潮流の中で、今後の独立や多店舗展開を考える料理人たちにとって、山梨県がその選択肢に入る良いきっかけになったことだろう。

text:佐藤 傑(料理王国編集部), photo:川上尚見

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