17の自治州からなる国家のため、スペイン料理の特徴を端的に表すことは難しい。地中海文化というキーワードから強いて言うならば、オリーオイルとニンニクを用いて、主素材の持ち味を最大限に引き出す料理だと、本多シェフは語る。
多様な歴史的背景と、地中海・カンタブリア海・大西洋に囲まれ、中央部に乾燥したメセタ(台地)が広がる地理的環境により、料理は各地域で異なる。東南側の地中海沿岸地域に絞ると、カタルーニャの魚のスープ「スケ」やブイヤベースに似た「サルスエラ」、ピッツァの「コカ」、バレンシアのパエージャや赤海老のプランチャ、アンダルシアの魚のフライに代表される揚げ物など。
「煮込み料理のソースベースを作る際に、ニンニクや玉ネギ、ピーマンなどの野菜をたっぷりのオリーブオイルで揚げ炒めするように加熱する、いわゆるソフリートがスペイン料理の手法です。野菜に香ばしさを付けるとともに、このオイルが自体がうま味だしのような役割を担うのです」と語る本多誠一シェフ。
スペインはオリーブオイル生産量世界一であり、消費量もトップのギリシャと僅差である。ニンニク生産量はEUで最大だ。本多シェフにとって、オリーブオイルは店の味の根幹。もしもいつもと違うオリーブオイルを使うことになったならば、すべてのレシピの見直しが必要になるくらい、重要な存在だという。
本多シェフはフランス修業後、バスク地方サン・セバスチャンの伝統的な店で4年間過ごし、シェフも務めた。
「バスク料理には4色の基本ソースがあります。イカ墨の黒、赤パプリカのチョリセロと赤玉ネギの赤、パセリの緑、オリーブオイルを乳化させた白です」
白いソースは「ピルピル」。塩抜きしたバカラオをニンニクと鷹の爪入りオリーブオイルで煮て、そのオイルとバカラオから出たゼラチン質を混ぜて乳化させる。揺れる漁船から生まれた料理といわれ、ピルピルは煮える音を意味している。
本多シェフは冷凍のタイセイヨウダラを仕入れて塩漬けにしてから使っているが、今回披露するのは「新鮮な日本の魚でピルピル的な表現をするならば」と考案したもの。魚は北海道産のカスベ。ゼラチン質の違いやオペレーションの安定性も考慮し、カスベは蒸して、乳化ソースは別に作る。味の根幹であるオリーブオイルだが、この料理の場合には風味が強すぎるためヒマワリオイルをチョイス。地中海原産のウイキョウの香りの泡で軽さを出す。白一色でつけ合わせがないひと皿、しかしだからこそ、独特の食感や味のトーンを集中して感じ取れる。
一方、黒いソースはイカの墨煮を伝統的手法で。生ハムの骨を加えてうま味を強化するのがポイントだ。豊富に揃う腸詰類も同様に、そのまま食べるだけでなく、だし感覚で活用する。
他にもナッツとニンニクを潰したカタルーニャのピカーダや、コロンブスの持ち帰りにより派生したスモークパプリカパウダーのピメントン、イスラム支配の影響によるサフラン等、多彩な味のパーツがある。
「プランチャ、薪の熾火、炭火などの加熱方法がポピュラーなのもスペインらしさ。新鮮で上質な主素材と、下支えやアクセントになる味の組み合わせ、そしてシンプルでプリミティヴだからこそ奥が深い熱源をいかにコントロールできるか。それぞれの細部を日々追求しています」
本多誠一
1976年、千葉県生まれ。1998年に渡仏し5年間修業後、スペインへ。サン・セバスチャン「カサ・ウロラ」でシェフを務める。4年後に帰国し、日本料理「龍吟」を経て、「サンパウ」のスーシェフを務める。2011年、麻布十番で独立開業、2015年に銀座に移転。2020年、虎ノ門ヒルズに姉妹店「プランチャ スリオラ」を開く。
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text: Yumiko Watanabe photo: Hiroyuki Takeda