UKドリーム・チームが手がける「Dorian」が指し示す業界の行方


西ロンドンで近年、熱いレストラン・バトルが繰り広げられている。その一翼を担うのが「地域に貢献するネイバーフッド・レストラン」を称して旗印を掲げているDorianだ。なぜ今、人気沸騰なのか。その理由を探る。

最近のロンドンは、西が熱い。西ロンドン、特にノッティング・ヒル周辺にホットなレストランの新規オープンが相次ぎ、業界をはじめ一般の人々も注目するようになっている。話題のレストランを挙げればキリがないが、昨年秋に誕生したDorianはまさに今のロンドンのレストラン・シーンを代弁するかのような存在だ。現在のロンドンでトレンドに敏感な食通を惹きつける店とは、一体どんなものなのだろうか。

まずは飲みながら食事ができる大きなバー・カウンター。その中で直火調理をするシェフたちを眺められるオープン構造、ビストロのような活気を伴うカジュアルな造り、“高”履歴のヘッドシェフ、カクテル好きのためのドリンク・メニュー、経験豊かでフレンドリーなフロア・マネージャー。ざっとこんな要素があげられると思うのだが、もう一つ特徴があるとしたら、「ロンドンの物価に見合った強気の価格設定」だろう。

Dorianは同じノッティング・ヒル内で高級食材店Notting Hill Fish + Meat Shopなどを経営しているグルメ王、Chris D’Sylva / クリス・デシルヴァ氏が生みの親。ヘッドシェフにはスウェーデンの三つ星「Frantzén」、ロンドンの二つ星「Ikoyi」「Kitchen Table」などそうそうたるレストランの上級/ヘッドシェフを歴任しているMax Coen / マックス・コーエン氏。そして彼が率いるチーム全員が、ロンドン市内の最高峰レストランで訓練を受けたパワー・シェフたちなのだ。

ノッティング・ヒルの北側エリアに位置するDorian。界隈は近年立ち上がった飲食店の強豪だらけだ。
豪華カウンター。一番奥に見えるのがマックス・コーエンさん。

Dorianの料理をいただいてまず気づいたのは、香りのマジック。食欲を刺激するなんとも言えない上質の芳香が、運ばれてくる全ての温かい皿から立ちのぼっている。「いい匂い」を強める技術があるとすれば、マックスさんは間違いなくその匠である。

優れた調理技術だけでなく、英国中のシェフが羨むような仕入れネットワークも豊かで彩りある味わいに結びついている。定番品には数種類を用意しているジャガイモのロスティ、経営母体である肉屋で乾燥熟成させた自慢の肉料理などがあるが、その他は旬の食材の仕入れ次第で頻繁に変わっていく。

オーナーのデシルヴァ氏は、オープンに際してメディアに対してこう語っている。「Dorianはノッティング・ヒル地域の人々のためのネイバーフッド・ビストロです。でも、(東ロンドンに見られるような)反骨精神あふれるロックンロールなレストランにしたいと思っています。近所の人たちに長く愛される店になるといいですね」。

ヒラメのグリル。カニとホワイト・アスパラガスのソースが、トウモロコシを思わせるたまらない香ばしさのある香りを放っている。美味。
クラシックなビストロ風情。
鴨肉のメドレー。14日間乾燥熟成させたフランス産コーンフェッド・ダックの胸肉とソーセージ。ホワイト・ピーチのソースがよく合う。
程よい歯ごたえのズッキーニ。色とりどりのリーフにも繊細なドレッシングが完璧に絡み、共に主張している。生き生きとした野菜料理。
自慢のTボーン・サーロインとリブアイ。60日間乾燥熟成させた肉のセレブレーションだ。

オープンから8カ月。Dorianは今ロンドンで最も成功しているレストランの一つだ。冒頭でも述べたように、最高の人材と技術、旬のクオリティ食材が結びつき、正しい客層が形成され、地域に合った「ムード」を作り出すことに成功したとき、それは起こる。

デンマークのNomaが計画的な閉店と食品ラボへの転身を表明したように、現在のレストラン業界は大規模なチームで皿の隅々まで丹念に作り込んでいくような、究極のアートを追求するスタイルが様々な理由から困難になってきている。

ロンドンでもミシュラン2つ星以上の息がつまるような作り込みタイプのレストランから、少しだけコックコートの喉元を緩め、味の良さやクオリティはそのままに、もう少しリラックスした環境へと人材が流出していく時代になった。料理もそれに合わせてよりダイナミックな表情を見せるようになり、客も緊張することなく敷居をまたいで、ミシュラン級の味を体験できるようになっている。

ただしDorianで3コースに近い料理をいただくとしたら、アルコールを入れなくても最低70ポンド程度(約12000円)は覚悟したい。お酒を飲むなら100ポンド(約17000円)以上は当たり前。これがロンドンで「気軽に通いたいネイバーフッド店」の相場である(ちなみに本当の高級店はさらに進化している)。スタイルはカジュアル化する。しかし妥協なきクオリティに、価値に見合った価格は付き物なのだ。

コーヒー風味のクリーム・キャラメルとブルーベリー・カスタード・タルト。いずれもフレーバーが際立つ。

Dorian
https://www.dorianrestaurant.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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