食材、厨房、技のすべてを「見せる」モダン・ブリティッシュBehind


馬蹄型のカウンター席で、シェフがすべての工程を見せる「シェフのテーブル」スタイルの魚介料理レストランが、東ロンドンで人気だ。ミシュランの星を最速で獲得し、維持し続けるモダン・ブリティッシュの一つの形。

ロックダウンの影響を受けつつも、2020年秋の創業からたった20日でミシュラン一つ星を獲得したレストランが、東ロンドンの隠れ家ロケーションにある。イギリス人シェフ、アンディ・ベイノン(Andy Beynon / 冒頭写真 ©John Carey)さん率いるBehindだ。

Behindのテーマは「魚介を使った創作ブリティッシュ」で、テイスティング・メニューのみ。シェフ自らのアイディアで近代的なビルの無機質な空間に木材をふんだんに取り入れ、すっきりとした北欧風の温もりあるインテリアを創り上げた。大きな馬蹄型のカウンターに迎えることができるゲストは18名。ロンドンで10年以上前から流行っている「シェフのテーブル」コンセプトを、そのまま踏襲する意欲的なレストランである。

母親の影響で子どもの頃から食の世界だけを夢見てきたアンディさんは、10代後半から15年にわたってイギリス最高峰のシェフの下で経験を積み、満を持して独立。最高品質の旬の食材だけを使ってメニューを練り上げていくが、情熱の大半は英国近海で獲れる魚介に注がれるのが常だ。

仕入れ次第で当日の朝にメニューを微調整することは厭わない。即興インスピレーションが冴えるこのスタイルは、アンディさんの力強いリーダーシップのもと、強く結束している精鋭チームだからこそ可能なのだと言える。

カウンター18席のモダンなレストラン。8コースのテイスティング・メニューと6 コースのランチ・メニューがある。©John Carey
生産者との信頼関係も成功の鍵。©John Carey

ロンドンのレストラン業界は今、ブレグジットやパンデミック、光熱費ほか経費の高騰などで少しずつ形を変えてきているように見える。物価の上昇、外食控えなどがいよいよ顕著になり、有名シェフが絡むレストランでも革新的なメニューというよりも、売れるメニューへの変換を余儀なくされている。4年前までは業界に流れ込む資金も人材も潤沢で外食産業は成長の一途をたどっていたが、今はトレンディな話題のレストランさえ主力はハンバーガーやグリル料理。大衆の好みに合わせがちで、シェフの冒険心が生かされる新奇なメニューは若干影を潜めつつあるのが現状だ。

そんな中で、Behindの継続力のある挑戦は注目に値する。イギリスではさほど人気のある食材とは言えない魚介類を中心に、自らが持つ力すべてをメニュー創造に注ぎ、素材と会話しつつ構築していく。目の前にいる18 名のゲストのために。シェフ冥利に尽きる環境だが、これが今のロンドンではなかなかどうして、難しくなりつつある。

タコのトルテリーニ。海藻スロー、シェリーフォーム、ローストチキン・ソースで。©John Carey。
海水でマリネした一本釣りのコーンウォール産サバ。グリルしたサバ、ポメロ、ソルティフィンガーを添えて。©John Carey
カウンターから見える厨房シアター。
ふっくらムール貝を添えた完璧な火通しのヘイク。クリーミーなポテトマッシュとハッシュ付き。

アンディさんは言う。「フレーバーは何層にも重なり複雑ですが、皿の上に載る食材はすべて<見える>ことが僕には重要なんです」。この姿勢は「舞台裏」(Behind)をテーマにしたレストラン・コンセプトに通じている。

オープンキッチンで舞台裏を「見せる」こと自体は昨今珍しくはないが、アンディさんの狙いはゲストとのコミュニケーションにある。客の目の前で料理を仕上げ、自らワインを注いで説明する。そのためにシェフ自らデザインしたのが、実はこの馬蹄形のカウンター・テーブルなのだそうだ。一直線に座るよりも客席にプライベート感が保たれ、シェフとの会話も親密になる。

「すべてがオープンで、すべて見えることが僕にとっては重要。キッチンがどう機能するかも見てもらう。ゲストはもちろん、同僚のシェフたちとも隔たりなく会話をし、意見を聞きたいので」。つまり、コンセプトとしては「円卓のシェフ・テーブル」というわけだ。

コース全体に、旬とバランスを重視していると言うアンディさんの哲学が染み通っていた。魚介料理の最後に、ピンク色が美しいルバーブのサイダー・ショットが出された。甘酸っぱくフルーティーな液体を、ギネスの泡よりも固くまろやかな泡が覆っている。初めて口にする目が覚めるようなその味が、美食の魚介コースを見事に締めくくった。

「イギリスで魚というと、フィッシュ&チップでしょう? 」と言った偏見を持つ皆さんに、ぜひ試していただきたいシーフードの名店である。

ルバーブ・ショットと、デザートのハーブ・ソルベ。

Behind
https://www.behindrestaurant.co.uk

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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