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名店の舞台裏。クチーナヒラタ 町田武十さん

クチーナヒラタ 町田武十さん

独立するよりも「この味を守りたい」二代目シェフが語る想いとこれから クチーナヒラタ 町田武十さん


求人広告の代わりに貼られた切り抜きに惹きつけられた

 麻布十番の「クチーナヒラタ」は、1988年の創業。2010年に代替わりしており、現在は故・平田勝シェフの想いを受け継いだ町田武十さんがオーナーシェフを務め、オーナーマダムの寺田晴さんとともに店を切り盛りしている。

 大阪の調理師専門学校卒業後、すぐにこの店に就職した町田さんは、40歳の若さにして、勤続年数20年を誇る。多くの選択肢があったなかで「クチーナヒラタ」を就職先に選んだ理由を尋ねてみた。

「料理人には子どもの頃からなりたいと思っていたのですが、とくに西洋料理に憧れがありました。専門学校時代の夢は、いつか東京で自分の店を持つこと。『クチーナヒラタ』には学校求人を通じて入ったのですが、求人広告ではなく、雑誌で紹介された記事の切り抜きだけが貼ってあったんです。そこには、メニューがなく、お客さまの体調や気分に合わせて料理を出すといったような内容が書かれていました。当時から一流とされるお店のひとつでしたし、これまで見たことも、聞いたこともないスタイルに惹きつけられました。何時から何時まで働くのか、給料はいくらなのかなどは一切わからないまま、面接を受けたんですよ」

 当時、仕事の厳しさなどを理由に辞めてしまう従業員も多く、平田シェフはよく「来る者拒まず、去る者追わず」と言っていたという。確かに仕事は楽ではなかったが、「ほかを知らないから、そういうものかなと思っていた」という町田さん。「平田シェフに指示されたことに対して、僕なりにがんばってやったことを『違う、そうじゃない』と言われることは多かったですね。理不尽に感じることもありましたし、シェフにもよくふてくされる奴だと言われていました(笑)。辞めるのは簡単ですが、田舎に帰るのは恥ずかしいし、悔しいという思いのほうが強かった。やれと言われたことができないから叱られる。だったらできるようになればいい。今、そのために教えてもらっているんだ、と気持ちを転換できるようになりました」

クチーナヒラタ 町田武十さん
町田さんが調理する傍らではスタッフが細やかにサポート。平田シェフの指導スタイルも受け継がれている。

 一般的に、料理人の仕事は下積み期間も労働時間も長い。この負けず嫌いな性格と忍耐強さは、町田さんの強みである。皿洗いからスタートし、お客に提供する料理を任されるようになったのは入店から約3年目。「デザートなど分量がきっちりと決まっているものを作らせてもらったんですが、実際に自分が作った料理をお客さまにお出しできるんです。直接『おいしい』という言葉をいただくことで、自信に繋がりました」

 料理人としてではなく、ひとりの人間として育ててもらったと語る町田さんにとって、平田シェフは父親のような存在。掃除の仕方や挨拶、電話応対といった基本に始まり、指導は微に入り細にわたった。先輩の女性スタッフに対する態度を厳しく叱られたこともあったという。

「料理中に平田シェフが飛んできて、『女だからって馬鹿にするな!』と胸ぐらを掴まれて引っぱたかれたこともありました。いつの間にか何も言われなくなり、平田シェフが新人スタッフに『これはタケ(町田さんのこと)に聞きなさい』と言ってくれた時、やっと自分は認めてもらえたんだと嬉しかったですね」

 面と向かって褒めることはほとんどなかったが、平田シェフは町田さんに全幅の信頼を寄せていた。ただし、町田さんも独立を考えなかったわけではない。同世代のシェフがどんどん独立をするなか、自分は二番手であり続けることに葛藤もあった。「ちょうどその頃に平田シェフが体調を崩されて、店を休まれたことがあって……。この店の味を残したいなと思うようになりました」

長くこの場所に存在し続けられる店でありたい

伝統を受け継ぎながらも自分らしさを表現したい

そんな町田さんの想いを知ってか、平田シェフから代替わりの提案が持ちかけられる。町田さんはそれを承諾した。「以前となんら変わりなくできるように感じていましたが、代替わりしたばかりの頃は、プレッシャーがのしかかってきて……。まったく同じ料理を作っているはずが、味がぶれてしまったこともありました。長年通ってくださっているお客さまから指摘され、その時、自分の無力さを痛感しましたね」 今、町田さんがオーナーシェフを務めるようになって7年目を迎えた。「青唐辛子のスパゲッティ」や「魚介のガーリックバター焼き」など、平田シェフから受け継いだメニューを守る一方で、町田さんの感性で作られる料理も多い。

「『青唐辛子のスパゲッティ』は創業以来の人気メニューです。『この料理を受け継いでほしいし、今までのお客さまも大切にしてほしいが、自分の料理もやっていったほうがいい』と平田シェフに言われたことがあります。ただ、僕が考えた料理も自然と『クチーナヒラタ』らしい皿になっていると思います。僕はずっとこの場所で働いていますから」

青唐辛子のスパゲッティ
青唐辛子のスパゲッティ
青唐辛子とアサツキをふんだんに加えて仕上げるスパゲッティは、「クチーナ ヒラタ」開店以来受け継がれる人気メニュー。味付けはニンニクと塩のみとシンプルながら、長年、これを目当てに訪れている人もいるという。

長くやってきたからこそ味わえる感動がある

20年間、同じ店で働き続けることは、決して簡単な道のりではない。“ヒラタファミリー”として受け入れてくれ、家族のように寄り添ってくれた平田シェフとマダムの平田千恵子さんをはじめ、多くの人々に支えられてきたからこそ今がある、と振り返る。

左から、町田さん、町田さんの先輩でもある「ピアット スズキ」鈴木弥平さん、鈴木さんのイタリア修業の師・パスカリーノさん、平田勝さん。平田さんは、スタッフをたびたび食事に連れて行ってくれたという。

「『ピアットスズキ』の鈴木シェフをはじめ、この店で働いていた先輩方とは今も交流があり、いろいろと情報交換をしています。店には、平田シェフの頃から変わらずに来てくださるお客さまも多く、最近では、僕が働き始めた頃に小学生だった子が、人を連れて来てくれました。これも、長くやってきたからこそ味わえる感動ですよね。末永く愛されるお店であるよう、この先もずっとこの場所で店を続けられるように、努力していきます」

 町田さんは現在40歳。「クチーナヒラタ」の第二章は、まだ幕を開けたばかりといえるだろう。

クチーナヒラタ 町田武十さん
Takejyu Machida
1977年生まれ。幼い頃より料理人に憧れ、調理師専門学校で学ぶ。卒業後、「クチーナ ヒラタ」への入店を機に上京し、以来、13年間にわたって創業者である先代のオーナーシェフ・平田勝氏の元で研鑽を積む。現在はオーナーシェフを務める。

クチーナ ヒラタ

クチーナ ヒラタ
CUCINA  Hirata
東京都港区麻布十番2-13-10エンドウビル 3F
03-3457-0094
● 12:00~15:00 (14:00LO)18:00~24:00 (22:30LO)
● 日、祝日の月休● 昼 プリフィクスコース 1800円~(夜はアラカルトが中心)
● 20席
www.cucina-hirata.com


河西みのり=取材、文 林輝彦=撮影
text by Minori Kasai  photos by Teruhiko Hayashi

本記事は雑誌料理王国第274号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第274号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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