食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

サン・セバスティアンは、なぜ美食の都になったのか?


近年、日本各地で「バスク化構想」なるものが語られ始めている。食を観光資源に町を盛り上げた成功例として知られるようになり、日本の地方都市が動き出したのだ。しかしそもそもバスクとはどんな地なのかーー。食の町のありようを探ってみよう。

バスクの男たちが守る食文化食のために集う美食倶楽部

サン・セバスティアンは19世紀初頭、ナポレオン1世率いるフランス帝国軍に占領された。イギリスとポルトガルの解放軍は、フランス軍から町を奪還したが、混乱の中で自制を失い、町を焼き払ってしまう。唯一残ったのが、モンテ・ウルグルの麓「8月31日通り」だったという。
この通りに、特に歴史の長い「美食倶楽部」が存在する。これは、男たちが自由に料理をしに集まる民間の組織のこと。その施設は市街のあちこちに佇み、男たちは思い思いに料理を楽しみながら、語り合う。ことに食については研究熱心で、おいしい店や魚屋、八百屋についても情報収集を欠かさない。

男たちが料理をしに集まる「美食倶楽部 ソシエダ」

星付きシェフを多数輩出するバスク地方には、男たちが料理を楽しむ習慣がある。料理教室といった趣きではなく、会員の紹介がないと入れない「倶楽部」が、サン・セバスティアンには100以上あり、旧市街には40近くあるという。倶楽部によって入会金は6~30万円、年会費は2~6万円が相場だが、それを払えば倶楽部が所有する施設がいつでも使用できる。もちろん互いに守る義務もある。ワインや調味料、食器等は常備され、使った分を自分で清算する。基本的に女性はキッチンに立てない。バスクの男たちが料理を楽しみ、友人や家族を招いて交流する場として市民に欠かせない存在となっている。2つの倶楽部を訪れた。

美食倶楽部 「AMAIKAK BAT」 会長
ゴルカ・アルセルス・ベティさん

「私たちの倶楽部は 110年続いています。会長は私で23 代目。美食倶楽部は家も同然。会員の絆が、この倶楽部を守っているんです。」

この日、おじいさんとその孫が美食倶楽部に。共働きの親に代わって、昼食を孫に食べさせる。面倒を見るというより、美食倶楽部で〝祖父の背中〞を見せているよう。

町中に点在するバル どの店も個性を持って共存

そんな食に”うるさい”市民たちがわんさかいるのだから︑飲食店のレベルも必然的に上がらざるを得ない。丘の麓の旧市街や、サン・セバスティアンを縦断するウルメア川の左岸には、バルやレストランが軒を連ね、観光客はもちろん、地元の子どもからお年寄りまでが食事と会話を楽しむ。物価が高いヨーロッパにありながら、小さな一皿なら300円前後。どこのバルも個性を競い、歴史や物語をつむぐ。これぞ、外食産業が活発になるひとつの鍵だろう。

旧市街にはバルがところ狭しと並び、さまざまな店のピンチョス(小皿料理)はほとんど300円前後で食べられる。(地図上の点は飲食店を表す)その中でも、レストランにひけをとらないレベルの料理を出す4店をピックアップ。

(A)La Cuchara de San Telmo
ラ クチャーラ デ サン テルモ

サンテルモ美術館の裏手にある。「フォワグラのマスタード・オレンジハニーソースがけ」は絶品だ。店内は昼夜問わず混雑している。
31 agosto 28 bajos, San Sebastián
TEL +34 943 44 16 55
www.lacucharadesantelmo.com

ラ クチャーラ デ サン テルモ

(B)La Cueva
ラ クエバ

サンタ・マリア教会のすぐ右手にあり、同名のレストランも併設されている。マッシュルーム炒めはいい塩加減。ワインが進む。もちろん定番のピンチョスもおすすめ。
Plaza de la Trinidad, 20003 San Sebastián
TEL +34 943 425 437
http://restaurantelacueva.org/

ラ クエバ

(C) Bar Tamboril
バル タンボリル

もとは闘牛場として利用されていたというコンスティトゥシオン広場付近にある。おでんのようなピンチョスもあり、日本人にも親しみやすい。昔ながらのピンチョスは、地元でも世代を問わず人気だ。
Arrandegi Kalea, 2, 20003 San Sebastián
TEL +34 943 42 35 07

バル タンボリル

(D)Bar Txepetxa
バル チェペチャ
(C)のタンボリルと通りを挟んで向かいにある。写真のアンチョビのピンチョスがこの店の売り。アンチョビの上に野菜のマリネや刻んだ黒オリーブを載せ、一口で食べる。
c/ pescadería, 5, 20003 San Sebastián
+34 943 42 22 27
www.bartxepetxa.com

バル チェペチャ

サン・セバスティアンを代表する2つの料理学校

セバスチャン市場
旧市街の南東、大通り沿いにはラ ブレチャ市場がある。建物の外には青果が、建物の地下には生ハム店や鮮魚店などが集まり、地元の人々が通う。

「アルサック」のファン・マリシェフがスペインのヌーベルキュイジーヌを率いてから30年以上。星付きシェフを輩出しているが、後続をどうやって育てていくのか?
 サン・セバスティアンには2つの料理学校がある。ひとつは1992年に創設された、「ルイス・イリサール料理学校」。料理人であるルイス・イリサールさんは、自身が歳の時に同校を設立。バスク料理のレベルを維持、継続するための学校を作りたかったのだという。一方「、バスク・クリナリー・センター」は、ヨーロッパ初の4年制の私立料理大学。立ち上げには元「エル・ブジ」のフェラン・アドリアや、ミシェル・ブラス、服部幸應さんなど「G9」と呼ばれるメンバーが携わっている。
 さまざまな要素から美食の都となったサン・セバスティアン。食材に恵まれた日本が見習うべき要素は多い。

バスク・クリナリー・センター
ヨーロッパ初の4年制料理大学

2011年設立。サン・セバスティアン市郊外に位置し、バスクのシェフたちや、モンドラゴン大学などの支援で設けられた、世界でも珍しい4年制の料理大学である。顧問として「G9」メンバーと提携を結んでおり、日本では服部幸應さんがメンバーに入っている。一流の講師陣による授業で、食のエキスパートの育成に努め、現役シェフによるレクチャーもある。ハイレベルな教育、研究、栄養学や美食の促進など、様々な側面から食を学べる。

ルイス・イリサール料理学校
バスク料理を教える少人数の料理学校

良い料理人を送り出そうと、1992年、伝説の料理人ルイス・イリサールさんが創設した。旧市街の近く、海沿いにある。2年制で、各学年最大でも28名のみの受け入れ。バスク料理を学べるだけでなく、ベシャメルソースとは何か、などフランス料理の基礎も学べる。レストランさながらの厨房設備も、実践的な訓練のため。学生は入学当初から、地元のホテルやレストランで経験を積み、2年目の夏はスペイン各地の店で働ける。


本記事は雑誌料理王国第271号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第271号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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