平成16年(2004)
分子料理法(ガストロノミー・モレキュレール)が日本に本格上陸
分子料理
分子料理法(ガストロノミー・モレキュレール、分子ガストロノミー)は、フランス国立農業研究所の研究者で、パリの物理学者のエルヴェ・ティス氏が1988(昭和63)年頃に提唱したもの。調理過程の物理化学的な研究を推し進めた。「分子」とは、科学的や物理的という意味。『料理王国』では、2014年5月号で、ティス氏とピエール・ガニェール氏の研究の様子を紹介。その2カ月後には、スペインの三ツ星「エル・ブリ」のフェラン・アドリア氏の著書『el Bulli 1998~2002』の日本語訳版が発売される特集記事を掲載している。
What’s HEISEI 16
1月19日 自衛隊イラク派遣開始
4月23日 『el Bulli 1998~2002』日本語版発売
8月13日 アテネオリンピック開幕
10月1日 メジャーリーグ、シアトル・マリナーズのイチローがシーズン最多安打記録を更新
10月23日 新潟県中越地震
11月1日 新紙幣発行。五千円札に樋口一葉、千円札に野口英世
12月12日 「PlayStation Portable」発売
新語・流行語大賞*年間大賞「チョー気持ちいい」
日本アカデミー賞*最優秀作品賞『半落ち』
ヒット曲*『瞳をとじて』平井 堅、『Jupiter』平原綾香、『マツケンサンバⅡ』松平健
連載開始*『働きマン』安野モヨコ、『トッキュー!!』久保ミツロウ(画)・小森陽一(作)
テレビドラマ*『世界の中心で、愛をさけぶ』、『白い巨塔』(第2部)
平成4(1992)年、イタリア・シチリアで初めての「分子および物理ガストロノミーに関する国際ワークショップ」が開催された。この学会の開催者のひとり、パリの物理学者のエルヴェ・ティス氏は、「分子料理法( 分子ガストロノミー )」の父と呼ばれる。「料理王国」では、平成16(2004)年にこの現象を紹介している。「ティスさんとフェランさんの分子ガストロミーは、違うものです」と山口さんは言う。ティス氏は「科学で料理をするのではなく、料理を科学的な視点でとらえようとした」。一方でアドリア氏は「医療機器を調理機器に使ったりして、料理人たちがやらなかったことをして、料理界の価値観を変えた人」と分析する。
牛スネ肉を56度で6日間 科学と機械が調理の限界を拡張
「科学の視点と調理機器によって、『温度』に対する認識が変わった」と山口さんは言う。調理による食材の変化の理由が、科学の視点で解明された。加えて、スチームコンベクションオーブンや真空包装機の普及(これらの製品は、昭和からあったが)で、これまで経験や勘に頼っていた温度管理が、テクノロジーによって管理できるようになったのだ。たとえば肉の火入れは、科学的には、タンパク質への加熱とみることができる。このタンパク質は、大きく分けてミオシンとアクチン、コラーゲンの3つから形成されているが、それぞれ加熱によって変性する温度が異なる。詳しくは割愛するが、56度の火入れが理想とされるのは、コラーゲンが変性を開始する56度付近をキープすれば、肉汁を出さず、色も美しいからだ。しかし、加熱を56度にキープすることは人間には難しい。この時に、デジタルオーブンやサーキュレーター(高温循環恒温槽)といったテクノロジーがその調理を可能にする。「牛スネ肉を56度で6日間、火を入れた料理を出しています。もちろんテクノロジーの力で。それは、これまでのスネ肉料理とは、まったく違います。なぜならこれまで世の中には存在しなかった調理法だから。何ともいえん、歯ごたえになりますよ」
平成時代の料理は「香り」の料理だった
「クラシックなフランス料理が好きな方で、『泡』のソースを好まれない方もいらっしゃいますが、『泡』こそが、平成で起きた料理の進歩、『香り』をコントロールする調理法です」食材にガスを加えてムース状にする「エスプーマ」や、冷凍した食材を粉砕してパウダー状にする「パコジェット」のほか、アドリア氏が多用した泡「ヌーベ」や「アイレ」、燻香をつける「アラジン」、マイナ
ス196度でどんなものも凍らせる液体窒素など、すべては香りをコントロールする調理法だと山口さんは説明する。「人間の味覚センサーは33しかないですが、香りは400もあります。平成は、そこに訴えかける料理の時代だったといえると思います」
山口さんがフランスから帰国したのは、奇しくも冒頭の学会が開かれた平成4(1992)年。修業先だったフランス・ソーリューの三ツ星「ラ・コート・ドール」の日本店を神戸にオープンするためだった。「師匠のベルナール・ロワゾーさんですら、1980年代に 『キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)』 を始めたときは、『あんなものは川の流れ。すぐにどこかに行ってしまう』 と揶揄されました」。ロワゾー氏の料理も、認められるまでに10年かかった。「ロワゾーさんは、世の中のうねりのようなものを感じ取れる人だった。当時の重たいフランス料理と求められている料理との間にギャップを感じ取っていたから、『キュイジーヌ・ア・ロー』が生まれた」
ロワゾー氏から「料理は対話だ」ということを学んだという山口さん。「ゲストとコミュニケーションをとりながら、いま何が求められているのかを感じ取る。ロワゾーさんのその姿勢は、継承していきたい」平成の料理界は、「温度、香り、調理機器、ゲストの要望、これが絡み合いながら変化し続け、それらを料理人がデザインした」と山口さん。そして、新しい時代の料理も、この延長線上にあると、山口さんは考えている。
山口さんにとって平成とは?
温度、香り、調理機器、ゲストの要望、これが絡み合いながら変化を続け、それらを料理人がデザインした
ゼラチンの膜でコーティングしたトマトのジュを、生ハムのコンソメの中に2時間ほど漬け込んで、膜の表面にだけその味を馴染ませる。微炭酸水にこれを浮かべ、緑のバジルオイルを数滴。これを冷やしたスプーンですくって食べる。トマトのジュは、50℃と温かいため、ゲストは口にしたとき、予想外の温度に驚き、口の中に香りが広がる。
江六前一郎=取材、文
本記事は雑誌料理王国2019年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年3月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。