【料理人の独創性が光る。唯一無二の店】「セララバアド」 橋本宏一さん


最新の手法を取り入れて、つねに「いい」驚きと革新を

東京・代々木上原の住宅街に佇む「セララバアド」。「エル・ブリ」や「タパス モラキュラーバー」などオーナーシェフ橋本さんの経歴が物語るように、繊細かつクリエイティブな料理が話題を呼び、オープンから2年、現在は予約の取れない人気店だ。

橋本さんの原点は「エル・ブリ」が世界に広めた分子ガストロノミーにある。一般的なガストロノミーに対して科学との融合もプラスされた分子ガストロノミーは、これまで技法や伝統として伝えられてきた調理法を科学的に分析し、調理することと食べることの楽しさを高めた美食学。実際、橋本さんが「エル・ブリ」で働いた経験から得られたことは、料理はもっと自由であるという考え方だっ
たという。「それまでは、こうしなきゃいけない、という明確なアプローチの
中で仕事をしてきましたが、もっと自由な考え方で料理を考えていいということを知りました」と橋本さん。

食べることの新しい楽しみ方を日本における食文化のスタイルに

「エル・ブリ」での技術や経験を日本に持ち帰り、2007年から「レストラン サンパウ」やマンダリン オリエンタル 東京の「タパス モラキュラーバー」に勤務。「タパス モラキュラーバー」では料理長も務めた。

「自分に求められていることはよくわかっていましたが、実際は何を作っていいのか戸惑いがありました。その頃は液体窒素やゲル化剤の入手が困難で、日本のお客さんにどこまで受け入れられるのかも未知数でした」

試行錯誤を繰り返しながら約7年が経った頃、橋本さんは、料理に対して「自然を表現すること」への思いが強くなってきたことに気づく。

「そもそも、20代の頃から恒久的持続可能な暮らしを提唱する、パーマカルチャー的な考え方に興味がありました。科学的なことをやりすぎた反動もあったのかもしれませんが、地産地消といった考え方が世界に広まる時代になってきたことも感じていました」

日本の自然や季節を融合した「モダンガストロノミー」

「セララバアド」をオープンするにあたり、橋本さんは約1年をかけ、日本各地の生産者を訪ね、どんな思いで食材を育てているのか自分の目で確かめ、話を聞き、優れた食材を探し求めた。

料理を科学する最新の調理法を駆使しながら、斬新な発想とイマジネーションから生まれた「セララバアド」の料理は、見た目の驚きに加え素材のおいしさ、香り、食感、盛り付け、すべてのバランスが計算し尽くされている。その代表作が「根セロリ 折り鶴 フォワグラ」。丸太の皿の上に、根セロリのシートで折られた鶴に添えられたインカの目覚めとフォワグラのテリーヌ。見た目の驚きとともに、口にした食感と風味豊かな味わいが食べる人の五感を存分に刺激する。

食材と作り手が語るストーリーのある料理

「素材というのは料理を作るうえで、語りたいストーリーのポイントになります。誰がどんな思いでその食材を育て、料理人がそれをどう調理するのか。その本質を見つめ続けることで、土地の風景や季節や香りが表現された料理が出来上がるのだと思うのです」

そう語る橋本さんの遊び心が詰まった冬を感じさせるメニューが、日本酒と柚を使ったカクテルとスノードーム。なかでも人気の高いスノードームを作る工程は、まるで科学実験のよう。まず、水と乳酸カルシウムを加熱し、エルダーフラワーのシロップを加え凍らせた玉を作る。そして、アルギン酸ナトリウム水溶液に浸し化学反応で球状化させることで、凍った玉が中で溶けスノードームの形
を作るというもの。見た目はもちろん、口の中に入れた食感と弾けた時の楽しさは料理の味わい方そのものの概念が覆されるほどの衝撃がある。

この日本で唯一といっても過言ではないモダンガストロノミーのレストランを開業するにあたっては、クラウドファンディングによって資金の一部約100万円を調達した。「クラウドファンディングは資金調達の面はもちろん、お店のことをより深く知ってもらえるPRの機会だと考えました」と橋本さん。世界中で巻き起こる新しい風や価値観の中から、よいと思えるものがあれば、自らの解釈を持って取り入れてみる。その好奇心とチャレンジこそが、橋本さんの歩みなのだ。

料理も経営も、自らの解釈を持って取り入れる

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斬新かつ革新的な料理には、失敗の積み重ねが必ずある。そうしなければ驚きに満ちた料理は誕生しない。「新しいテクニックを取り入れようとすると、最初は必ずと言っていいほど失敗します。諦めずになんとか形にしてみる。何度も失敗することで、すぐにはうまくいかないと理解することが一番大切だと思います」

「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います」
―宮沢賢治の『学者アルムハラドの見た着物』に登場する少年が「人間の性とは何か?」についてこう答える一節がある。この言葉がずっと心に残っていた橋本さんは、その少年の名を店名にした。食材を育てる人、料理を作る人、それを食べる人を繋ぐ“ほんとうにいいこと”に「セララバアド」で出合えるのだ。


セララバアド
Celaravird
      

東京都渋谷区上原2-8-11 TWIZA上原1F
☎03-3465-8471
●18:30~22:30(コーススタート19:00)
● 日、月休 
● コース 8500円~ 
● 16席
www.celaravird.com

白石亜矢子=取材、文 今清水隆宏、小笠原圭彦=撮影

本記事は雑誌料理王国第272号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第272号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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