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名人の塩哲学「梁山泊」橋本憲一さん


目的や理想の味に応じた塩選び、塩づかいを

京都の日本料理店「梁山泊」に、塩づかいについて尋ねると意外な返答があった。煮物、椀物、和え物のたれなどを作る際、固形の塩ではなく、25%の濃度で作り置きしてある塩水を使って味つけするという。「江戸時代の文献にも塩水で調味をする方法が記されていると、同業者に聞いて、試してみたのがきっかけです」と主の橋本憲一さん。厨房に一升瓶に入れた塩水をストックしている。

自店の理想の味に持っていくための塩選び

なぜ塩水で味付けをするのか?日本料理に使う他の調味料は、醤油、みりん、酒など液体が多い。加えてだしも液体となると、固形の塩を投入してかき混ぜ、塩が溶けるのを待つ時間がロスになると考えるからだ。液体で作りおいておけば一瞬にしてほかの調味料と一体化する。

もうひとつの理由は、味の微調整が可能な点にある。25%の食塩水とはすなわち、通常の固形塩の1/4の濃度ということ。固形の塩を投入した際に感じる塩味の1/4まで、味の調整幅を持つことが可能ということだ。「味を止めたいところで止められる」と橋本さん。この細やかな加減があってこそ、最適な味つけが実現できるのだ。

思い描く理想の味の輪郭は各料理人が、日々の仕事の中で身につけていくしかない。たとえば日本料理に欠かせない、だし。毎日同じ昆布やかつお節、水を使って引いていたとしても、厳密にいえば、季節や気候条件などにより、日々味の出方に違いがある。その日のだしの味わいに対して、どの程度の塩を加えるか、それは各料理人の経験則による微調整が必要だと橋本さんは語る。

椀物のだしに加える塩は、塩味をつけるという意味だけでなく、だしの味の輪郭を引き立てる効果もある。砂糖に塩を加えると甘味がより際立つように、塩はほかの味を引き立たせる役割も担っている。

また、たくさん商品化されている中から、自店のだしの味にどの塩が合うのかを選ぶ必要もある。「この塩だとだしの味がぼやっとする」「この塩ならエッジが立ってくる」という試行を経て、自店で使う塩を見極めるべきだと。「梁山泊」の塩水は「赤穂の塩」を使って作る。この塩は焼き塩にして、魚の塩焼きに用いるし、山椒と合わせて山椒塩にも加工。「赤穂の塩」は、適度なにがり成分を含んでいるので、ほどよい、やわらかな塩味となるという。

松茸の土瓶蒸し
「ホットアンドサワースープやトムヤムクンなど酸味を利かせるスープには塩が必要」と橋本さん。松茸の土瓶蒸しは酢橘を搾り、だしを味わうが、その「酸味」を引き立てる役割を塩が果たす。だしに淡口醤油と塩水を入れて味つける。客がどの程度酢橘を搾るかで酸味の感じ方に幅が出ることを予測して、最適と思う量の塩を加える。

調味だけではない塩の効果を知り、使う

魚に塩を打つ際に焼き塩にしてから使うのは、塩の結晶の体積を小さくして、均一に塩味が入るようにしたいからだ。以前、先述の塩水に焼く魚を漬けておく手法も試したが、淡い塩味はつけられるけれど、しっかりとした塩味にはならなかった。魚に塩を打ち、おいておくと、脱水効果がある。「塩が、魚の余分な水分を抜いて、塩味自体の通り道を作っているんだと思います」と橋本さん。結果に対する効果により、塩の状態も使い方も変えているのだ。

また、造りには醤油のほかに、宮古島の「雪塩」と酢橘を添えて出す。「お客さまに酢橘を搾ってもらい、『雪塩』と混ぜ、食卓で即席のポン酢を作っていただくんです」。さらさらとしたパウダー状の雪塩は果汁の中にさっと溶ける。宮古島周辺の海は、サンゴが多く生息する海で、その間を流れる海水から作る塩は、とくにカルシウムが豊富だ。現在店ではこの種類の海塩を使っている。さらに「日本海と瀬戸内海、太平洋、細かくいえば海の塩分濃度も含んでいる成分も違うと思う。各海の海水から作る塩の味が違って当然です」。

厨房での料理人はよく指揮者にたとえられるが、各調味料の特性を知らなければオーケストラの指揮は振れないと橋本さん。「ギターソロの指揮者とカルテットの指揮者、勉強してオーケストラの指揮者になって食材を生かしたいですね」。塩ひとつとっても、選択肢の数、利用目的、効果、味付けとその幅は広いのだ。

1.「赤穂の並塩」を焼き塩に加工したもの。同じ種類の魚に、同量振っても、魚の状態により脱水効果や塩味の入り具合が異なるので、見極めが大切。
2.「赤穂の並塩」は適度なにがり成分で、まろやかな味。料理全般に使いやすい。
3.サンゴが生息する宮古島の海水から作る「雪塩」はさらさらとしたパウダー状。海水の味をそのまま塩にと考えた製法で、マグネシウムやカルシウムなどの成分を含む。味わいはまろやか。

Kenichi Hashimoto
京都市生まれ。大学では食品工学を専攻。大学在学中の73年に「梁山泊」を開店。料理の修業経験はなく、漁船に乗る、酒蔵で働くなどし実地で体得。塩もさまざま試したが、「海のもんには海塩、陸のもんには岩塩が合います」。

text:Ayako Miyoshi photo:Toshihiko Takenaka

本記事は雑誌料理王国2011年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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