【美食書評家の「本を喰らう!」】料理と音楽とアプリ。交流する青春群像劇 『オルタネート』


吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。

食べることは生きることだ。だからこそ、小説や映画のなかにも、料理や食事のシーンはよく描かれる。「食を深める本」では、5~10冊に1冊くらいの割合(幅が広すぎないか?)でフィクションのなかの料理についてご紹介したい。箸休めのような気持ちで、ぜひお楽しみください。

作家・加藤シゲアキが次のステージに

「アイドルが書いた小説」という紹介を目にする機会が多い。しかし、加藤シゲアキは2012年に『ピンクとグレー』で小説家デビューを果たして以来、ヒット作を生み続けてきた。創作の泉が枯れないのである。その間作家として進化を続け、ついに本作は、創刊63年の文芸誌「小説新潮」に連載された。

小説『オルタネート』は、雑誌に掲載されるや否や大反響となり、創刊以来初の重版を記録するなど歴史の扉をも開いた。さらに本書は、直木賞にもノミネートされたのである。これは決して、アイドルとしての人気だけではなし得ないことだ。加藤シゲアキは多くの専門家が認める作家だ。本書を一読すれば、本好きの方々は舌を巻くだろう。

主人公の一人が調理部の部長

本書で描かれるのは、三人の高校生を中心とした青春群像劇。本来ならタイトルの説明から入るべきだが、ここでは「なぜ本書が料理小説といわれるのか」の説明から入りたい。主人公の一人である新見蓉(にいみいるる)が、調理部の部長として何度も料理の腕を振るっているのだ。ただその一方で彼女は、料理を通じて複数の心の傷を抱えている。

一つは、前年の高校生料理コンテスト「ワンポーション」で起こった“悲劇”の後遺症。先輩と組んで出場し、決勝まで進みながら敗退したことで自分を責めている。もう一つは、和食屋を営む父への複雑な思いだ。料理人としての父を尊敬しながらも、仕事と家族の間に明確な線を引く父を理解できずにいる。

シズル感ある、瑞々しい料理シーン

その新見蓉の「ワンポーション」への再挑戦が物語の大きな軸の一つだ。ライブイベントの経験が豊富な著者ということもあって、コンテスト現場の白熱シーンの描写には思わず手に汗を握る。料理のお題は、例えば「銀河をテーマとした、ヤマブシタケと魚介の料理」「記憶をテーマとしたお米の料理」などだ。この発想も面白い。

その他にも、蓉が失恋した友人に作る「カルボナーラ」や、バスケ部に差し入れした「朝摘みとうもろこしのおにぎり」はいかにも美味しそうで、すぐにでも再現したくなる。また、料理人の父がもやしのヒゲ根を取るシーンと、別の高校生の自宅で安い食材としてもやしが扱われるシーンは、コントラストが鮮やかに描かれている。

今を生きる高校生の骨太な青春群像

私がタイトルの説明を後回しにしたのは、これが料理王国の原稿だから、という理由だけではない。「オルタネート」は高校生限定のマッチングアプリの名称なのだが、この近未来的な設定に引きずられることで料理王国の皆様の読書欲を削ぎたくなかったのだ。本書は、家族、恋、友情…様々な人物が織りなす、骨太な青春群像劇なのである。

大豆なのか、もやしなのか。後戻りできないという点では、料理すらも青春の比喩だ。他の二人の主役が夢中になっている音楽もアプリも、後戻りできないことは同じである。誰もが普遍的な傷を抱えながら、今日も青春の荒波に挑んでいる。不可逆な青春の煌めきを詰め込んだこの小説は、一瞬の判断が要求される「料理」というものの本質さえも描いている。

「オルタネート」新潮社
加藤シゲアキ 著


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