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日本の外食業界の構造からみるコロナ禍インパクト


アフターコロナの外食産業の未来について考える連載、第二回となる今回は、日本の外食産業がなぜコロナ禍によって大きなダメージを受けるのか、産業の構造について考えて行きたいと思います。

前回の記事はこちらから

前回の記事で述べたように、日本の外食産業は利益率が低く、生き残るのがそもそも難しい構造になっています。諸外国に比べても特にその傾向が強く、特殊なマーケットと言えるでしょう。みなさんも海外旅行の際に外食したときに、なんでこんなに高いのだろう、やはり日本の外食の方が安くて美味しいな、と思った経験はありませんか。同程度の所得水準の都市で比較しても、日本の外食は安くなっています。ではなぜこのようになってしまったのか、大きく分けて2つの理由があると考えています。

理由①開業のハードルの低さ

第一の理由として飲食店数の数の多さが挙げられます。まず東京などの都市部における飲食店の数は他の先進国の主要都市と比べると多いことが挙げられます。総務省統計局の出している経済センサスによると、飲食店の事業所は全国で70万弱、東京に8万店舗ほどが存在しています。人口1000人あたりで7店舗ほどになります。ニューヨークやシンガポールなどが人口1000人あたり1.5店舗を切る程度なので、世界の都市と比較してもダントツに多いことがわかります。

ここまで数が増えた理由としては、日本における飲食店の営業許可の取りやすさがあります。地区の保健所によって多少の違いはありますが、建築設計上で満たすべき要件は決まっており、大抵の場合で取得できます。店舗ごとに食品衛生責任者を置く必要もありますが、これも1日講習を受ければすぐに取得できます。飲食店を開業するにあたっての開業ハードルがとても低いのです。

一方で、世界の都市を見たときに、ほとんどの場合、ここまで容易に飲食店を開業することができません。例えばアメリカではニューヨークをはじめとした都市において飲食店における酒類販売に関するリカーライセンスのルールがあり、エリアで出店できる数が限定されることがあります。ベトナムのホーチミンでも繁華街ではエリア内で飲食店の営業許可の発行数が決まっており、どこかが潰れるか、営業許可ごとM&Aをしなければ新規開業ができません。オランダのアムステルダムでは自治体が飲食店のトータルの数を制限するだけでなく、業種によっても制限をする場合があります。例えば、このエリアでの飲食店数自体はまだ出店余地があるが、ハンバーガーの業態は多すぎるので営業許可を出さない、というように厳格なコントロールがなされています。それだけ飲食店を出すにあたって超えるべきハードルが複数あるので、数も適正なラインに絞られます。それによって需給バランスが保たれ、価格が一定のラインで維持されるのです。

日本では営業許可証の取りやすさとともに、飲食店立ち上げにまつわる政策金融公庫などからの借入が比較的に容易で、開業するためのハードルが低いと言えるでしょう。それが故に、飲食店の需給バランスが崩れやすく、結果的に価格競争になりがちです。飲食店数の過剰供給とも言える状況が続いていたために、利益率が業界全体で圧迫されていたと言えるでしょう。

理由②引き下げられたプライスライン

第二の理由として、飲食のメガチェーン/ナショナルチェーンの存在があります。日本では主要都市の駅前にはどこも同じようなチェーン系の飲食店が並んでいます。これは、駅前の高い家賃を支払える体力のある会社がメガチェーン系などに限られるからです。他の国ではここまで均質化した光景はあまり見られないと思います。こうしたメガチェーンの飲食はとにかくオペレーションや仕入れの効率化によって低価格を実現します。ここで引き下げられた価格が、飲食店の低価格のラインを形成しています。みなさんも、少し高い外食をしたときに「これは牛丼何杯分なのだろう」、というようなことを思ったことがないでしょうか?こうした低価格ラインの感覚形成を、メガチェーンが担っていると言えます。

こうして過剰な店舗供給とメガチェーンによって引き下げられたプライスラインが、日本の外食の根底を作っています。その結果、低利益率、低賃金、そしてそれが故の長時間労働が常態化していました。実際、コロナ禍の前にも外食業界の人材不足は深刻な状況でした。ミシュラン星付きクラスのレストランのマネージャーが年収1000万を越えない先進国は日本くらいではないでしょうか?食文化を担うべき人たちが報われにくい環境になっていたことは確かです。

今回のコロナ禍は、日本の外食産業に多いなる痛みをもたらしています。本当に多くの飲食店が廃業に追い込まれてしまう事態になるでしょう。まだまだ今は序の口で、本格的な廃業の波はこれからです。

一方で、これまで抱えてきた構造的な問題に取り組み、大きく改善する非常に重要なタイミングであるとも考えています。日本の食文化の未来を明るくするためにも、私自身も少しでも考えて動いて行きたいと思っています。

次回は、コロナによって変わる街、不動産とお店の関係の変化について書いて行きます。


文=周栄行(しゅうえい あきら) 1990年、大阪生まれ。上海復旦大学、NY大学への留学を経て早稲田大学政治経済学部を卒業後、外資系投資銀行へ就職。独立後は、 飲食店の経営・プロデュースをはじめとして、ホテル、地方創生など、食を中心に幅広いプロジェクトに関わっている。


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