14歳頃だったでしょうか。学校から帰ると、戸棚に黄色いうどんのようなものが入っていました。冷たかったけれど、チーズの味がしてベーコンが入っていて、こんなおいしいものが世の中にあるのかと、感動しましたね。このパスタは、母が家政婦をしていた外交官の金倉家からいただいてきた「カルボナーラ」だったんです。母は末っ子の僕を含め、4人の男の子を女手ひとつで育ててくれました。冷えたカルボナーラなんて、今では願い下げですが・・・・・・。日本人が、ケチャップのナポリタンかミートソースのスパゲッティしか知らなかった時代のことです。
僕は大学受験に失敗しています。都立田園調布高校に通っていた頃は、美術部に入っていました。工業デザイナーになりたくて東京芸術大学を受けたのですが・・・・・・。
浪人はできないし、と思い悩んでいたころ、母がカルボナーラをいただいてきた金倉家のご主人から、「イタリア総領事としてミラノに赴任することになったので、コックとして一緒に行きませんか」と、お誘いをいただきました。
そうか――。料理もお皿の上にデザインすることだ、と思いました。本場のパスタ料理を覚えて、日本に帰ったらうんとおいしいパスタ屋をやろうと思ったんです。急遽、「つきじ田村」で修業を始めました。イタリアに渡ってからは公邸で働きながら、休日は評判の店を食べ歩いて勉強、という毎日でした。
そして、5年後に帰国。ここ西麻布に「アルポルト」をオープンしたのは1983年、35歳のときでした。「アルポルト」の意味は「港」。この言葉に象徴される「出港」と「帰港」という意味が、人生という旅を物語っているようで気に入っています。
ミラノに「アルポルト」という海の幸専門の店があります。総領事館で働いていた23歳のとき、この店が大好きで、仕事が空いたときに研修に行きました。それから12年後、自分の店をオープンするとき、店主のドメンゴさんのもとを訪れ、「名前を使わせていただきたい」とお願いすると、彼はとても喜んでくれました。
日本の麺料理にいろいろな地方色があるように、イタリアでもいろいろなカルボナーラの作り方があります。ローマでは、カルボナーラには必須のはずの生クリームを使っていません。チーズもパルメザンのところもあればペコリーノのところも、半々にしているところもあります。材料がイタリア全土で変わらないのは、パンチェッタ(塩漬け豚ばら肉)と黒こしょう。でも、僕のレシピでは日本流にベーコンを使って、香ばしくカルボナーラを作ります。
現在、僕は65歳。「アルポルト」は30周年を迎えました。この間に、ミラノのドメンゴさんも来てくださいました。金倉氏は90歳を過ぎても週に一度は店に食べに来てくださいました。僕は人に恵まれてきた、と心から感謝しています。僕の料理の原点は金倉家のカルボナーラ。ベーコンの入ったあのひと皿が僕の〝出港〞だったのです。息子の宏之も一緒に働いています。今、厨房に立って、若い世代とカルボナーラを作っていられるこのときを、この上なく幸せだと感じます。
スパゲッティ・・・160ℊ/ベーコン・・・80ℊ/ニンニク(潰す)・・・1かけ/オリーブオイル・・・大さじ2 /A【白ワイン・・・大さじ2 /生クリーム・・・大さじ4】/サフラン・・・少々/卵・・・2個/卵黄・・・2個分/B【生クリーム、パルメザンチーズ(すりおろす)・・・各大さじ2 /塩、コショウ・・・各少々】/C【パルメザンチーズ(すりおろす)・・・大さじ2 /塩、コショウ・・・各少々】/塩・・・適量/黒粒コショウ(粗く砕く)、白トリュフ・・・各適量
リストランテ アルポルト
東京都港区西麻布3-24-9 上田ビルB1F
03-3403-2916
● 月休
● 11:30~15:00 (13:30LO)、17:30~23:00 (21:30LO)
● ランチ3150円~、ディナー7980円
● 48席 www.alporto.jp
本記事は雑誌料理王国第233号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第233号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。
長瀬広子=取材、文 星野康孝=撮影
Text by Hiroko Nagase photos by Yasutaka Hoshino