キュイジーヌ・ロー(水の料理)で知られるベルナール ・ロワゾー氏の「コート・ドール」、「トロワグロ」「ギイ・サボワ」など、名だたるフランスの名店で修業を重ねた下村浩司シェフが2007年にオープンした「エディション・コウジ・シモムラ」。その14周年を記念して、高知食材を使った特別コースが提供された。
高知食材の案内人を務めたのは、高知の高級リゾート、「ヴィラ・サントリーニ」のシェフを8年務めた井原尚徳シェフ。今年6月末に独立のため退職、来年高知市内に店をオープンする予定だ。
「高知のシェフは食材にあぐらをかいている、と言われるほどの良質の食材が揃う」と笑う井原シェフ。昨年11月に、下村シェフがデザインの勉強の為に高知を初訪問した際にヴィラ・サントリーニに食事に訪れ、井原シェフと意気投合。コラボレーションを行おうと話がまとまり、その後、4度に渡り高知を訪れて一緒に食材を探すなどしてきた。
地元・高知県出身で、8年間「99%高知食材で」調理をしてきたという井原シェフも、下村氏の素材使いにハッとさせられたという。「例えば、無人販売所で売っている素朴な米のポン菓子「パットライス」を洗練されたデザートにアレンジするなど、私たち、高知の料理人が使いそうにないものを独自の視点で料理にしてゆく部分に感銘を受けました」と語る。
また、今回は夏の暑い時期の料理ということで、料理の構成にも工夫を凝らした。
「暑い時期の味作りのポイントは、油脂のコクに頼らず、素材本来の旨味をふくらませること。また、コースの流れの中に、喉越しの良いなめらかな食感のものを入れること、柑橘の酸味を生かし、アジアを連想させるスパイスの複雑な辛みや軽やかなハーブ使いが重要になります」と下村シェフ。そんな料理の数々を見ていこう。
アミューズは、山の上にある清流の綺麗な水でしか育たない貴重な川のり「青藍(せいらん)海苔」を使った冷菜。この海苔は、地元のお年寄りが手作業で網に並べ、ゆっくりと乾燥させて生み出されたもので、海苔というよりもふのりのような香りと食感の海藻。それを、ガスパチョのような野菜のブイヨンに浸して、下にはオクラと塩昆布を叩いたものに、馬路村の柚子を使ったポン酢仕立てに。スプーンの下にも、小さく切った青藍海苔が。
夏の健康食材であるゴーヤは、この2週間前に沖縄で行った食材ツアーからのインスピレーション。
高知産の白ゴーヤの皮のすりおろしと文旦のジュースは、文旦の優しい甘味でイオン飲料水のような、スッと入ってくる優しい口当たりに、後味にしっかり苦味が感じられ、スプーンにある梼原町の猪を間伐材で燻して作ったドライソーセージを柔らかくふやかし、緑のゴーヤと合わせ、卵サラダのようなまろやかなマヨネーズソーズで苦味を包み込んだチャンプルの再構築に。ほのかに甘い緑のゴーヤの表皮すりおろしたチュイルと合わせて。
井原シェフのスペシャリテだという、キャビアの最中は、一口サイズの最中の皮の間に、ホイップバターと枝豆、キャビアが入っている。バターの油脂分に、キャビアの塩気と旨味、大豆の甘味が重なるアミューズ。
パプリカとトマトの冷たいスープは、パプリカの苦味をしっかりと生かし、軽く塩味をつけたきゅうりのみずみずしさ、生の白えびとコーンの甘味、バジルオイルの香り、そして真ん中にブッラータチーズを忍ばせることで、クリーミーさでまとめている。大地の香りがするアーティーチョークのムースが底に忍ばせてあり、中心に、糖度の高い「安芸のピュアトマト」を入れて、甘味のアクセントにしている。
「鰹のたたきというと、東京ではあぶってから氷で締めるイメージがありますよね。でも、高知は温かいままいただくんです」と井原シェフ。そんな温度感が生かされた一皿は、もっちりとしたカツオに、バーニャカウダをイメージして玉ねぎやニンニクとアンチョビを混ぜ合わせたソースをまぶしてからあぶることで、スモーキーさのみならず、メイラードした香ばしさや旨味もまとわせた。刻んだミョウガやラディッシュ、油分のコクを加える松の実と混ぜ、鮮やかな色合いのビーツのソースをかけ、赤い梨地の器と相まって、まるで高知の太陽のようなエネルギーを感じるプレゼンテーションに仕上がっている。
下村シェフが愛用する長崎の岩牡蠣は、海水で軽く加熱してから、海水で締めることで、まるで自然の海の中で調理されたような、自然な塩分をまとわせる。大分県国東半島で、一年のうち2日間だけとれる希少なひじきは、「潮風を連想させる風味」を生かして、僅かなオリーブオイルとニンニクでサッと炒め、下には天草の珊瑚海苔と柚子の香りをつけた角切りの大根の漬物を合わせ、上には高知県足摺岬のふのりで、食感と海の香りを強調している。最後に、アサリの出汁と鶏のコンソメに、梅酢をアクセントにしたブイヨンをかけて仕上げる。大粒のキャビアライムは、数多くの柑橘類を栽培することで知られる土佐市の白木果樹園からのもの。
魚のメインディッシュは、陸と海のコラーゲンをテーマに、蕎麦粉と竹炭の衣で軽やかなフリットにしたウツボが主役だ。横には四万十川の川海老が添えられ、豚足とウツボのアラで取ったブイヨンと好相性。ブイヨンには新生姜が入ってすっきりとした香りを添えている。
ウツボは火を入れすぎず、プリプリの食感を生かしている。トルテリーニの中には、刻んだ豚足、ミミガー、椎茸が入っている。バターを使わない軽やかな料理だが、コラーゲンで、ヘルシーでありながら動物性のボリューム感が感じられる料理に仕立ててある。
土佐はあか牛発祥の地でもあるそうで、和牛全体の出荷のわずか0.1%しかないという希少な牛。そんな土佐のあか牛のヒレ肉は、深い紅色の色合いが印象的。細かくサシが入り、まさにベルベットのようなトロリとした食感は、日本の牛ならではのもの。土佐備長炭で焼いてから、最後は四万十香米の稲わらでスモークをかけて仕上げてある。上には、粘りがあり、生の長芋のような食感の琉球むかごのピクルスを酸味のアクセントに加えている。七味唐辛子とパン粉をまぶした獅子唐辛子、根セロリのピュレ、ナッツのようなほのかなコクを感じるひまわりの新芽を添えて。ソースは牛の出汁に高知県仁淀産の青山椒を加えて爽快に。
サイドに添えてあるのは、完全天日干し塩、田野屋塩二郎のウニ塩。
プレデセールは、新山丸という大粒の杏を、トンカ豆と一緒にシロップ煮にし、その煮汁とじゅん菜、もっちりとした食感のアタップシード(砂糖椰子の実)を合わせて。じゅん菜の青い香りをとても爽快にいただけるデザート。
ポン菓子は、ねっちりした濃厚な落花生の一口サイズのプリン。高知 黒潮町の黒糖を用いてタイを思わせる、しっかりと濃く滑らかなプリン。
高知では「パットライス」と呼ばれ、気軽なおやつとして無人販売所などで売られているポン菓子を、オーガニックの生姜のパウダーと黒糖で丸ごとコーティングしたトッピングをかけて。
山桃は四万十紅茶と馬路村ヴェルガモットのアールグレイのシロップ煮のジュレ。隣にあるのは、高知県四万十市で栽培されている”酢みかん”の一種「ぶしゅかん」ジュレに少しこのぶしゅかんの絞り汁を入れて、レモンティーのように味変していただく。
ピリリと生姜のパウダーが効いた、カリッとした飴とチョコレートがけのピーカンナッツヤンバルシナモンリーフクッキーは、卵黄たっぷりのホロホロとしたクッキー。
14年のその先へ、進化と深化を目指す下村シェフは「コロナ禍により海外渡航が制約されている現在だからこそ、未だ見ぬ日本各地の食文化に目を向け、自らの料理の深化を進めて行きたい」と語る。それと同時に、それぞれの地域で地元食材を駆使して独自の料理を生み出し、切磋琢磨している料理人を、東京のゲストに紹介していきたいと考えており、今後、沖縄、京都、宮崎とのコラボレーションを予定しているという。
コロナ禍だからこそ、気づく日本のよさ。南北に長く、多様な風土を持つ日本にはまだ多くの食の遺産が眠っている。新しさは必ずしも、遠くにあるものではない。
エディション・コウジ・シモムラ
【住所】東京都港区六本木3-1-1六本木ティーキューブ1F
【TEL】03-5549-4562
【URL】https://www.koji-shimomura.jp/
取材・文= 仲山今日子
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。