【コロナウイルス感染症特別対談】エディション・コウジ シモムラ 下村浩司シェフ × アル・ケッチァーノ 奥田政行シェフ(前編)


「自分のべースと、これからの料理人に大切なこと」

「エディション・コウジ シモムラ」の下村浩司シェフと、「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ。都心で 1 店舗を構える下村シェフと、鶴岡の本店から出発し、プロデュース店を含め全国に多店舗を運営する奥田シェフ。2人はある意味対象的といえるが、長らくオーナーシェフとして店を営んできたという意味では共通だ。

そんな二人の対談を、前編・後編の2回に分けて紹介する。今回は前編。コロナ禍についてを端緒に、人材育成について話が広がった。

コロナ禍では、迅速な行動が生き残りの決め手

下村 奥田シェフ、ご無沙汰しています。今日はよろしくお願いします。

さて、奥田シェフは去年の春から現在までのコロナ禍を通して、どのような対策をとり、実行してきたのでしょうか?

奥田 昨年の春の緊急事態宣言に際して、経営、運営する全ての店が休業しました。そこを補うために、都心限定で「東京ゴーストアル・ケッチァーノ」と銘打ち、フルコースの宅配を都内10区で開始したのが、対策の一つ。それがFacebookで話題になり、同時に通販で特製のピッツァも売り出しました。ピッツァは冷凍販売なので、都内10区以外もどこへも配送できます。これが軌道に乗り、どうにかスタッフの給料を払うことができました。

下村 確か4万枚売れたとか?

奥田 はい。予想を遥かに超える反響で驚きました。

下村 長年築き上げて来られた信用とブランド力の賜物ですね。

うちの店は、昨年春からEC サイトを立ち上げ、料理とスイーツの販売を開始しました。ピーク時には全国津々浦々、1日50〜60軒に発送していました。現在もバレンタインなどのイベントごとにECサイト内で新たな企画を実施し、一定の収益を上げるに至っています。これから、さらにECサイトを強化し、レストランと二本立ての強固なビを構築していく予定です。

奥田 僕もエディションのECサイトを拝見しましたが、短期間でよくあそこまでのラインナップを作りあげましたね。本当にすごいです!

お互いに、生き残るため、従業員の人生を預かる身。彼らを絶対に守らねばならない。東日本大震災の教訓からとにかく即座に行動しました。

下村 その通りですね。適切な判断、そして、迅速な行動。非常事態の時ほど、リーダーシップが大切になると思います。

人材育成は、これから一層重要になる

下村 コロナに伴い、政治判断の煽りを受けて、「飲食店での食事は危険」「不要不急」などのイメージが社会に浸透してしまいました。しかし、そんな今こそ、料理人の存在意義、社会的意義が一層問われる状況になったのではないでしょうか。

奥田 それはありますね。これからが、飲食業界で働く人々の社会性や、飲食業界の仕組みを再考し、新たに構築する格好のタイミングになると思います。

下村 人材育成や労働環境の改善といった、以前からの飲食業界の課題を、今まで以上にスピーディーに解決しなくてはならない事態になったと痛感しています。

ところで前々から気になっていたのですが、奥田シェフはどのように人材を育成しているのですか? 多店舗展開するにあたって、それぞれの店には本店で育てたスタッフを配属するのですよね。

奥田 そうです、うちの店に入ってくる子は、高卒が多いです。

人にはそれぞれに向き不向きがあるので、それを見極めて本店に残ってもらうか、東京やプロデュースしている地方都市の店に行ってもらうかを考えます。たとえば高校の頃の部活動で、同じ運動部でも、個人競技と団体競技では性格が異なります。陸上や水泳は猪突猛進タイプ(笑)。サッカーやバスケットは全体を見るタイプ。先読みするのはバドミントンやテニス、どちらが良い悪いではなく、「この子はこういう傾向があるのだな」と把握し、最初の配置を決めるなどしています。

下村 支店に配属した後の料理作りは、それらのシェフに一任させているのでしょうか?

奥田 まかせる部分と、本店と同じ味を再現する必要がある部分と両方あります。たとえばポモド ーロのパスタは本店と同じ味にしたいので、使うパスタ、オリーブオイル、トマト缶は全く同じにして、作り方も本店の方法を守らせていますね。うちの店は料理のレシピを細かく定め、それを身体で覚えさせているので、どこに行っても本店の味が再現できるのです。

下村 しかし、一人前に育てるまでが非常に大変ではないですか?

奥田 レシピもそうですが、僕が自作したイタリア料理のチャート――パスタでは、ポモドーロにアサリを加えたらボノゴレレロッソ、そこに魚介類が入るとペスカトーレ、ポモドーロに唐辛子が多いとアラビアータに、玉ねぎが入り唐辛子が少なくなるとアマトリチャーナ、そこにズッキーニやパプリカが入るとオルトラーナ――という具合に料理の名前はこう変わっていくというを説明を図で覚えさせると、飲み込みが格段に早くなります。

下村 なるほど、体系化してあげて、それをチャートにして渡すわけですね。素晴らしい仕組みです。そんな中でも自力で考えて体系を把握する、というプロセスが修業中では大事だと思うのですが……

奥田 僕もそう思うのですが、今の若い子にそれは通用しないんです(笑)。あと、自分の修業中、「料理界にこんなチャートがあったら効率的に勉強できたのに」という気持ちが強くて。

下村 「自分が苦労の中で育ってきたので、若いスタッフも苦労すべき」という考え方は、今ではアウトですよね。さらには、「自分は苦労してこそ成長できた。だから苦労は大事」という理屈で思考停止していてもダメ。今はスタッフに歩み寄ることも大事な時代なのだと、シェフ世代の人間は意識改革が必要なのだと思います。

後編はこちらから:https://cuisine-kingdom.com/shimomura_okuda002/

エディション・コウジ シモムラ 下村浩司氏

茨城県生まれ。フランスで、ミシュランガイド3つ星「ラ・コート・ドール」をはじめとする名門レストランで8年間研鑽を積み帰国。2007 年、東京・六本木に「エディション・コウジ シモムラ」をオープン。翌年にミシュランガイド2つ星を獲得。近年では、JALファーストクラス機内食や JR 九州クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」デザートの監修を担当。茨城県大使、大分県国東市の観光大使などを務める。

アル・ケッチァーノ 奥田政行 氏

山形県鶴岡市生まれ。高校卒業後イタリア料理、フランス料理店などで修業を積む。2つの店で料理⻑を歴任後、2000年、「アル・ケッチァーノ」をオープン。2004 年、山形県庄内支庁より庄内の食材を全国に広める「食の都庄内」親善大使に任命される。なお、その活動から鶴岡市は 2014 年、ユネスコ創造都市ネットワークへの加盟が発表された。第1回辻静雄食文化賞受賞、第1回料理マスターズ、2014年スイスダボス会議ジャパンナイト総料理監修、2020年文化庁長官表彰。

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取材・文=柴田泉


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