2019年はコラグレコ氏にとって、忘れられない年となった。2月には、フランスのミシュランガイドで三つ星に輝き、6月には、シンガポールで行われた世界のベストレストラン50の授賞式で、世界一のレストランに選ばれたのだ。アルゼンチンの大自然の中、料理上手な祖母が、自家菜園の野菜などを使って作った手料理を食べて育ったコラグレコ氏は、23歳で料理を学ぶために渡仏。油脂を控え、野菜のピュレを使った軽やなソースで「水の料理」と呼ばれた、ベルナール・ロワゾー氏のもとでキャリアをスタート。さらにセンセーションを巻き起こした「肉を提供しない」時代のアラン・パッサール氏の「アルページュ」で料理長を務めたのち、こちらもベジタリアン料理をいち早く提唱した、アラン・デュカス氏の元で精密なプレゼンテーションを学ぶ。海と山が近く、生物多様性に富んだ南仏・マントンで、軽やかで、食材の命を輝かせる料理を提供し続けている。
「シェフにとって、食材は絵の具のようなもの。マントンは、多様な絵の具が手に入る、理想的な場所。大好きなゴッホの絵のように命を感じる料理を作りたい」と語る。自らが週に数回地元の市場に直接足を運ぶほか、魚は、信頼する地元の漁師が船から直接店に運んでくれる。スタッフの中には、近くの山に自生するハーブを摘む専門の「ハーブ係」がいるなど、日々変わる大自然の「今、この
瞬間」の息吹を伝える料理が人気を博している。また、大きな窓からコート・ダジュールの海を眼下に望む白く美しい建物、家族的で温かいサービスも魅力の一つだ。
元々、自らが「ガーデン」と呼ぶ農園で育てた、オーガニックの野菜をメニューの主役に据えてきたコラグレコ氏。ここ4年ほどは、バイオダイナミック農法での栽培を行っており「コロナ禍を通して、人間が自然のリズムに従うことの大切さに気づいた」ことから「レストランは農園の一部」と考え、去年6月より、農事暦を応用して「根、葉、花、果実」のいずれかをテーマに、数日ごとに、全く異なったコースを提供する「ミラズールの宇宙」という新しいコンセプトを開始。同時に、国外での新しい展開も始まっている。世界一の称号を受けたシンガポールは、コラグレコ氏にとっては思い出の地でもある。その場所に、今年2月に、故郷アルゼンチンで展開しているハンバーガーショップ「カルネ」を開店、今や月に6000個のグルメバーガーを売り上げる人気店だ。
さらに、チャイナタウンに程近い美食街にあるマンダラクラブ内に、5月14日から3ケ月限定でのポップアップレストランを開店。コラグレコ氏の右腕で、新店舗立ち上げのキーマンであるルカ・マッティオリヘッドシェフを中心に、メニュー開発を続けている。短い滞在の中でもコラグレコ氏は様々なシンガポールのローカルフードを体験。「皮から手作りする点心は特に興味深く、これを応用したメニューを考えている」という。多民族国家で、インド、マレー、中国など様々な食文化とそれにまつわる食材が豊かなシンガポールでは、近年自給率をあげようと、都市型農業に力を入れており、コラグレコ氏にとっては、見たこともない絵の具が揃うパレットだと感じられたようだ。将来的にシンガポールでのレストラン出店を考えており、その方向性も探るポップアップとなっている。
2日間だけ提供された「葉」のシーズンの料理。今も現地に残るマッティオリシェフは、足繁く市場や農場に通い「新しい絵の具」を見つけては、毎日コラグレコ氏と共有、研究開発を続けている。
フランスの名店「ミラズール」が5月14日、シンガポールに開いたポップアップ。シンガポールでのCOVID-19感染拡大を受けて、政府の通達で急遽、開店3日後から6月20日までのレストランの通常営業禁止が決定となったものの、期間を9月4日まで延長した。
マウロ・コラグレコ
1976年、アルゼンチン生まれ。仏ミシュランガイド初の外国人三つ星シェフ、同じく仏ゴエミヨでも、外国人初の「今年のシェフ」受賞。2006年にミラズールを開店。
Mirazur
30, avenue Aristide Briand,
06500 Menton
Tel: +33 (0)4 92 41 86 86
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本記事は雑誌料理王国317号(2021年8月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は317号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。