オーガニックビーフの親子が放牧される釧路の牧草地。春から秋にかけて、子牛と母牛は屋外で過ごす。この期間、子牛は母牛のお乳と豊かに育つ牧草のみを食べて育つ。牛の品種は日本でも人気の高いアンガス種。牧草など粗飼料でしっかり育ってくれる。
2011年にフランスで刊行、日本でも昨年に翻訳本が出版され、一部で話題を呼んだ「肉食の哲学」(ドミニク・レステル著)という本をご存じだろうか。動物行動学者であり哲学者でもある著者が、宗教的・体質的な理由ではなく、倫理的な立場からヴィーガンとなった人達に対して肉食を許容する立場から反論する内容だ。著者は倫理的ヴィーガニズムに対し否定的な立場をとるのだが、最後のパートでは一転して、現代の肉食文化を批判する立場にまわる。環境も動物の尊厳も無視した工業的畜産で産み出された肉を消費するだけの現代人であってはならない。肉を食べるのであれば、倫理的に生産し、倫理的に食べる存在となるべきだという結末は、私たちが今後、どんな肉を食べるべきかという問いかけとなっている。では、倫理的な肉とはどんなものなのだろうか。その考え方に最も近い位置にあるのがオーガニックビーフではないだろうか。米や野菜、加工食品の世界では、オーガニック(有機)と表示された商品をよくみかけるようになった。オーガニック生産は農業の循環機能を促進し、環境負荷を低減するとされ、サステナビリティやSDGsの文脈からも注目されるキーワードだ。このオーガニック、肉や卵、牛乳などの畜産物でも基準があるのだが、日本国内で生産され認証を受けたものはごくわずか。なかでも牛肉はオーガニック基準を満たすことがとても難しく、日本では取り組みが難しいとされてきた。肉牛に求められるオーガニック基準では、牛が食べる主な飼料がオーガニックである必要があり、コストが一般の倍以上となる。また子牛の親世代からオーガニック基準で育てる必要があり、時間がかかる。屋外での放牧を織り交ぜ、ストレスを与えず飼育する必要があり、通常より広い土地も必要だ。また基本的に動物用医薬品を使用しないことが求められるなど、一般的な畜産とはまったく違う仕組みが求められるのだ。世界的にもオーガニックビーフの生産は他の畜種と比べ少ないが、日本では年間で7・4トン、国産牛肉の生産量からみると、たったの0・002%に留まっている(17年時点)。そんな中、北海道の釧路市でオーガニックビーフを巡る新しい試みが始まっている。
草が枯れ雪の降る季節になると牧野から牛舎へ。日本の通常の畜産ではここから穀物主体の濃厚飼料を与える肥育段階となるが、オーガニックビーフは乾草に有機認証を取得したオーガニックの醤油粕やおから、ドライフルーツやナッツを食べ、豊かな肉をつける。
【白イチジク】糖分と抗酸化力の高いポリフェノールを多く含み、牛の嗜好性がとても高い。
【アーモンド】油脂のエネルギーに加え、ビタミンE による抗酸化作用も期待できる。
【ピーカンナッツ】ナッツ類は油脂を多く含むので、少量でも良質なエネルギー源となる。
【黒イチジク】糖分やペクチンが豊富で、ポリフェノールによる抗酸化作用も期待できる。
【干しぶどう】糖分が多くエネルギー源になるのはもちろん、嗜好性が高くミネラルも豊富。
海霧がけぶる釧路の牧草地で、漆黒のアンガス牛たちが思い思いに草を喰み、寝転びながら暮らしている。この放牧地全体がオーガニック認証を取得しているため、ここに生える草を食べている牛はオーガニックの対象となる。春に生まれ、母牛の乳と牧草で育った子牛は、雪が降る季節になるとゆったりした広さの牛舎に入り、出荷までの期間を過ごす。そこで食べるのは、夏の間に刈り取った乾草に加え、オーガニック認定をとった醤油粕におから、ドライフルーツやナッツといった〝ごちそう〞ばかり。餌桶に飼料が入ると、アンガス牛たちがわれさきにと餌をめがけて駆け寄り、すごい勢いで食べていく。「ドライフルーツの甘さやナッツの油脂分は、牛にとってもおいしいらしく、喜んで食べます」というのは、このオーガニックビーフの所有者である青山商店の青山次郎さんだ。
青山商店は、食品の未利用資源を畜産飼料にして販売するスペシャリストで、全国の生産者に栄養価の高い飼料を届けてきた。未利用資源とは、たとえば豆腐製造時に出るおからや醤油を絞った後の醤油粕、食品の規格外品などのこと。廃棄されてきたこれらの資源を、栄養価に富む飼料として利用する。次郎さんはこの仕事をするなか、北海道でオーガニック畜産を推進する団体であるHOBA(P25コラム参照)と関わることになり、オーガニックの食品未利用資源の供給を頼まれた。それが縁で、昨年からはオーガニックビーフの所有と販売も行うことになったのだ。「有機豆乳や有機醤油の粕をベースに、有機のドライフルーツやナッツの規格外品をミックスすると、栄養価の高い餌となります。廃棄するはずだった未利用資源を牛が食べ、オーガニックビーフを生産できる。これは社会的に意義がある仕事だと思ったのです」
未利用資源の活用はフードロスの削減に繋がる。加えて畜産のオーガニックでは、家畜が快適に暮らすためのアニマルウェルフェアも遵守する必要がある。先に挙げた「倫理的な肉」という存在にこれほど近しい牛肉が他にあるだろうか。
もうひとつ重要なのが味わいだ。世界のオーガニックビーフの生産では、放牧して草だけを食べさせるものが多い。しかし青山さん特製の未利用資源は、栄養価の高い素材をベースにしているため、ほどよい脂も乗るのである。こんな「倫理的でおいしいオーガニックビーフ」を体験することで、これからの日本人の食べるべき肉のあり方が見えてくるかもしれない。
海外から輸入されるオーガニックのドライフルーツやナッツ。通常はオーガニッ
クスーパーや高級スーパーに並ぶが、選別時に見た目やひび割れなどで規格外品
が必ず出てしまう。
「産業廃棄物として捨てるしかなかった規格外品を牛の生産に活かせるのは、サステナビリティの面からもすばらしいこと」とアルファフードスタッフ常務取締役の浅井紀洋さん(左)。
通常、日本の肉牛は生まれてすぐ子牛を母牛から引き離して代用乳で育てるが、これは子牛、母牛にとって大きなストレス。母子放牧はアニマルウェルフェアにかなった育て方だ。
捨てられる運命の食品残渣を畜産の飼料に転換するスペシャリストである青山商店の青山次郎さん。現在、年間20 頭のオーガニックビーフを販売する。「ニーズがあればもう少し頭数を増やし、レストランにも出荷したい」とのこと。
と畜後の肉は氷温下で熟成され、ステーキカットなどをして急速冷凍。オーガニックスーパー等で好評販売中だ。なお、食肉加工や熟成を行う業者もすべてオーガニック認定を受けている。生産から流通まで一丸となって初めて実現する取り組みだ。
「釧路生まれ、釧路育ちのオーガニックビーフ」のフィレステーキ。有機の未利用資源を食べることで断面にほどよくサシも入る。オーガニックでありながらリッチな味わいを実現した。
国産大豆と小麦で有機醤油を製造する弓削多醤油(埼玉)の醤油粕もオーガニックビーフの重要な飼料。日に400kg も出る醤油粕を、以前は年に100 万円程度かけて廃棄していたそうだ。
醤油の原材料は大豆と小麦。絞り粕は良質なたんぱく質の宝庫であり、牛の赤身肉を生み出してくれる。しかも酵母菌や乳酸菌で発酵しているから、牛の整腸作用も期待できる。
醤油粕をオーガニック認定するには手間がかかるが「せっかくの国産有機資源、捨てるよりは世の中の役に立てたい」(弓削多洋一社長)と、積極的に飼料への利用を進める。
牛は本来、牧草中心で生産できる家畜だが、日本では土地の制約や霜降りが評価される格付などもあり、輸入穀物主体の生産を行なうのが普通だ。しかし、北海道では生協や専門流通などと契約し、日本短角種やアンガス種などを放牧生産する生産者がわずかながら存在してきた。そうした生産者や流通業者が集まり、オーガニックビーフを普及拡大しようと2017 年に設立されたのがHOBA =Hokkaido Organic Beef Association(北海道オーガニックビーフ振興協議会)だ。日本で有機認定を受けた肉牛生産牧場は3 軒のみだが、そのすべてがHOBA の会員だ。
「草を食べて育つという、牛がもつ本来的な能力を最大限に活かすのがオーガニック生産。もっと拡げていくには、料理人や食べ手である消費者の協力が必要です」(花房俊一事務局長)。HOBA 加盟農場の牛肉はビオセボンの店頭でも購入可能。オーガニックビーフを体験をぜひ。
北海道オーガニックビーフ振興協議会(HOBA)
http://www.e-beef.jp/page_hoba.html
本記事は雑誌料理王国315号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は315号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。