三軒茶屋と下北沢を結ぶ茶沢通り沿いにある一軒家の「サーモン&トラウト」。道路に面した窓際には自転車がディスプレイされ、一見、レストランには見えない。
〝サーモン&トラウト〟とは、イギリスで「痛風」を意味するスラング。「別に深い意味はないんです」と、今年30歳を迎えるシェフの森枝幹さんは笑う。店名同様、彼の発想はとてもユニークだ。
「すでに知っているものを食べても、おもしろくない。だから新しい料理を作り続けなきゃと思う」
料理はお任せの1コース。ギャグが大好きという森枝さんは、「何これ!」とゲストが驚くのを見て、心の中でにんまりする。たとえば、氷の上に盛られた甘エビのお造りとライチの料理。実は、甘エビの身の部分がライチでできていて、ライチの実の中にはエビが入っているという仕掛け。さらに「うちの八寸です」と出されるのは、英国式ティータイム用の2段皿に、パエリアを詰めたムール貝や生ガキなどのシーフードが盛り合わされたひと品。その名も「アフタヌーンシー」。一見すると平凡に見えるフィッシュ&チップスも、骨と内臓を取り除き、化学的な技で背をつけて揚げたものだ。鹿肉はレアの状態でカツレツに。
「全部がありふれた料理のようで、実は違ってるってところがいい。そのシャレが重要なんです」
店では全10皿前後の料理ひと品ひと品に、お酒が少量ずつペアリングで供される。ワインやビール、日本酒の他に〝みりん〟なども。これは酒担当の柿崎至恩さんのアイディア。時には日本酒にジンを少々加えて出したりもする。
「お酒に酸がないと飲み飽きるし、うちの料理に合わせにくい。パンチが欲しかったので、日本酒にジンを試しに加えてみたらこれがぴったりでした」と柿崎さん。
食材は、地元世田谷区の野菜や卵、豚などをはじめ、足で探し出した全国の信頼できる生産者から直接取り寄せている。
父親は写真家の森枝卓士氏だ。エスニック料理の本を日本で最初に出版した食のジャーナリストでもある。だから、パクチーやバジル、いろんな種類の唐辛子が普通に置かれているような家で育った。
「父がいなかったら、料理の道に進んでいなかったのは確かです」
専門学校卒業後、シドニーのモダンオーストラリア「テツヤズ」で修業した。世界的に高名な和久田哲也シェフはじめ、各国の人たちが、食に対して自由にアプローチしている姿を間近で見た。豪州は食の伝統がない分、さまざまな要素が混ざり合った料理が存在していて、それが受け入れられ、流行ってもいる。「そういうところで修業を始めたので、僕にとって〝自由な発想〟は普通のこと。たとえばハーブとして山椒も使うし、バジルも使う。和とか洋とか、ジャンルでは分けません」
帰国後は、名店「湖月」で日本料理の技を学び、さらに分子ガストロノミーの「タパスモラキュラーバー」で、化学的アプローチによる調理法を習得した。世界を代表する一流店での経験をベースにしながらも、これまでのガストロノミーとは違う道を探っている。
オープンして2年弱。食通の間で噂となり、夜な夜な舌の肥えた人たちが集まる店になった。けれど森枝さんは、「食通とは違う若い人たちにこそ、『料理っておもしろい、来てよかった』と感じてもらえる店にしたい」と言う。食への関心を若い層に広げるために、新しい視点で食と人の関係性を考える、「THE OYATSU」というプロジェクトを立ち上げたり、新雑誌を企画したりもしている。社会問題にも関心があり、この夏は廃棄食材を使って料理する北欧のレストランを視察する予定だ。
行動力があり、型にはまらない性格。この先何をやってくれるのか、楽しみなシェフである。
サーモン&トラウト
Salmon&Trout
東京都世田谷区代沢4-42-7
080-4816-1831
● 18:00~翌2:00(LO)
● 月休
● 13席
www.facebook.com/salmonandtrout2014/
名須川ミサコ=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国第263号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第263号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。