イタリアでプロフェッショナル・オリーブオイル・テイスターを育成する公的機関ONAOOが、オリーブオイルを扱う食のプロに向けてオリーブオイルについての基礎知識、テイスティングのメソッドを公開する日本初のweb連載。正しく識り、品質の良し悪し、味わいの違いを理解して料理の可能性を広げる一助を目指します。
エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルについて語る時、必ず知っておかなければならない重要かつ根本的な言葉がある。それが、「練り(gramolazione)」、オリーブオイルの質を左右する最重要工程である。オリーブの実を破砕し、ペースト状にした後に行われるこの工程は、非常にデリケートで、しかも味わいと保存性を決定する重大局面を担う。ゆえに、徹底した管理のもとで行われなければならない。
まず、清潔第一である。汚れは、ペースト状のオリーブが発酵したり、カビの原因となり、オイルの風味を台無しにしてしまう。そして、「練り」工程中は、オリーブ自身の酵素による変性が生じるため、途中でたびたび分析をする必要があり、さらにオリーブの品種、収穫期、そして近年とみに影響度が増している気候条件によって、「練り」を調整しなければならない。しかし最も重要なのは、どのようなオイルにしたいか、明確なイメージを持つことである。
「練り」とは、オリーブのペーストを撹拌することで実の中に存在する微小な油分同士を合着させ、“油”として抽出しやすくする工程である。表面的にはごく簡単な仕組みだが、実は複雑で、正確な技術と熟練の腕を必要とする。なぜなら「練り」の温度と時間は、搾油できる量と、フェノール系物質および風味の構成を決めてしまうからだ。そして、ほんのわずかなミスがペーストを酸化させ、酵素によるフェノール系物質の劣化を招き、「金属臭」や「過熱臭」といった欠点を引き起こしてしまうのである。
今日のオイル製造現場では、この工程をどのように進めるかによってオイルそのものの出来が決まってくると言ってもいい。せっかく健康で完璧なオリーブの実があっても、「練り」工程がうまくいかなければ求める香りや風味にならないということは往々にして起こる。また、温暖化や収穫期の前倒しといった要因もオイルの質に影響を及ぼすため、より「練り」工程の重要度は増している。
オリーブペースト中で発生する酵素による変性プロセスの研究が進み、現在では、必ずしもペーストを温める必要はないことがわかっている。それどころか、冷却して15〜18度に保つことで、酵素によるフェノール系物質の酸化や過酸化を低減できる。気圧を管理し、酸素との接触を限定した環境下で「練り」を行えば、高品質のオリーブオイルを生み出すことができるのだ。
高度に発達した技術のおかげで、「練り」工程は飛躍的に進化している。製造ロットごとに時間と温度をモニター管理し、「練り」のスピードも自在に変えることができる。かつてのように量を求めるのではなく、正しい量と優れた品質(豊かな風味と消えやすい繊細な香り)を得るために適正な「練り」を行うのである。
オリーブは生きものであり、呼吸をしている。ゆえに、可能な限り慎重に扱うことで、そのオイルの質は高まり、昔よりもはるかに安定し、長持し、栄養学的にも味わいとしても優れたものとなる。これは非常に重要なポイントだ。
この数十年における劇的な技術の進化は、搾油工程の最適化に大きく貢献している。今も最新の技術の研究が進められており、例えば、超音波を利用したシステムでは、オリーブの破砕から遠心分離搾油に至る一連の工程を一度も止めることなく、よりスムーズに進めることができると言われている。16KHz以上の音波によって、オリーブのペースト内にエネルギーを行き渡らせ、効率的に細胞膜を破壊することで、これまでの「練り」よりもさらに高い効果を得られるのだという。
これからもこうした技術の発展は続くだろう。搾油技術は数千年にわたってほぼ変わらなかったが、1980年代以降、文字通り技術革新の時代が続いている。しかしまだまだ研究の余地はあり、さらなる技術の進化が求められている。
Text:Luigi Caricato
オリーブ研究家、作家、出版社Olio Officina経営者、Olio Officina Festival主催者
ONAOO https://onaoo.it
ひとことポイント
オリーブオイルの品質は、畑の管理から瓶詰め、さらには保管と運搬も含め全ての段階でどのような環境に置かれるかによって変わってくる。そのほとんどにおいて品質を“落とさない”ことが重要なポイントとなってくるのに対し、glamorazioneまたはglamoratura(練り)は、作り手が“作りたいオイル”に仕立てるための工夫を凝らすことができるほぼ唯一の工程だ。設定する温度、時間、スピードをほんの少し変えるだけで香りと味わいが劇的に変化するので、最も慎重を期す工程でもある。例えば、短時間の練りなら青い香りが強くなり、時間をかけるほどにやがてフローラル、そして乾いた草の香りへと変わっていく。かつては比較的高い温度で時間をかけてより多くのオイルを抽出することにポイントが置かれていたが、今は、低温で短時間あるいは必要十分な時間で目指す味わいのオイルを抽出するのが一般的。この工程は機械の扱いに細心の注意を要するため、生産者は機械メーカーからの密接なサポートを受け、現場では熟練の技術者や生産者自らが責任者を務めることが多い。
text・translation:池田愛美 Ikeda Manami
ONAOO所属プロフェッショナル・オリーブオイル・テイスター