古くから、スパイスの産地であったマレー半島、その延長にあるシンガポールにも、かつてはクローブやナツメグなどのプランテーションがあった。シンガポールの伝統料理には、家庭ごとに伝わるルンパをはじめ、身近なスパイスの力を使って健やかに、おいしく毎日を過ごす、先人の知恵が詰まっている。
赤道直下、高温多湿で一年中真夏のような気候のシンガポール。この国の伝統料理「プラナカン料理」に受け継がれてきたスパイスには、抗菌力が生きている。
シンガポールの家庭で親から子へと伝えられてきた、失われつつある料理を後世に残そうーー。そんな思いを「フォークロア Folklore」(昔話)という名前に込めたレストランを2017年6月にオープンさせた、62歳のベテランシェフ、ダミアン・ディシルヴァさんにスパイスと抗菌について話を聞いた。
シンガポールの伝統料理は、多様なスパイスのほか、ニンニクやガーリック、タマリンドを多用する。なかでも特徴的なのは、「ルンパ」と呼ばれるミックススパイスだ。配合は、料理ごとに異なるのも面白い。
材料は、大きく分けると2つ。乾燥したドライスパイスと、生の素材から作るウェットスパイスで、通常は、両方を混ぜ合わせて作る。
「ルンパには、家庭ごとに世代を超えて受け継がれて来た秘伝の配合があります。しかし、どの家庭でも共通するのは、傷みやすい肉や魚には、抗菌作用の強いニンニクやショウガが使われていることです」
ディシルヴァさんがシンガポールを代表する牛肉のスパイス煮込み「ビーフ・レンダン Beef Rendang」に使うルンパは、実に15種類の香辛料を使って作られる。
ウェットスパイスは、ニンニク、ショウガ、ブルージンジャー(ショウガの一種)、トウガラシ、レモングラス、クミン、コリアンダー、フェンネル。なかでもニンニク、クミン、フェンネルは抗菌効果が高い。
ドライスパイスは、コショウやマスタード、クローブのほか、カルダモン、ナツメグなどを混ぜ合わせた特製ミックススパイスで、とくにクローブには高い抗菌効果がある。
すべてのスパイスは、ブレンダーを使って混ぜ合わせる。「昔は、石製の乳鉢を使って、手で回してすりつぶしていたよ」と、ディシルヴァさんは「昔話」を添える。材料が細かくなったら鍋に移し、じっくりと茶色になるまで炒めればルンパは完成だ。
これを、ココナッツミルク、ココナッツウォーター、生の牛肉とともにさらに煮込んで、ようやくビーフ・レンダンができあがる。
シンガポールで愛用される食材には、ほかにも抗菌効果が期待されるものがある。タマリンドだ。
タマリンドは熱帯原産のマメ科の植物で、甘酸っぱい果肉を取り出してペーストにし、調味料にしたり、お菓子などに使う。その一例が、「バビ・アッサム Babi Assam」という、豚肉のタマリンド煮だ。タマリンドの酸味の効いた豚の角煮のような味わいで、豚のバラ肉をタマリンド、シナモンやスターアニス(八角)、砂糖を入れた水でじっくり塊のまま煮込む。水分が少なくなってきたら、両面を5分ごとに裏返し、水分がなくなるまで1時間続ける。タマリンドとシナモンなど、抗菌作用のある植物のエキスを、腐りやすい肉の表面に染み込ませるためだ。
ディシルヴァさんは、「我々の祖先は、長年の経験を通して、様々なスパイスを愛用して来た。特に東南アジア地域には、まだその薬効などが解明されていない独自のスパイスやハーブも多い。これから研究が進めば、もっと多くの人にその力が知られるようになるのでは」と、アジアのスパイスに期待している。
Folklore
フォークロア
Destination Singapore Beach Road 700 Beach Road, Level 2 Singapore 199598
+65 6679 2900
● 12:00~14:15LO、18:00~21:15LO
● 無休
● 屋内80席、屋外20席
仲山今日子=取材・文 ドン・タン=撮影
本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。