日本最古の肉用牛として、近江牛は安土桃山時代から記録が残る。その本場、和牛発祥の地ともいえる滋賀県に、全国の料理人が熱いまなざしを向ける精肉店がある。JR南草津駅から車で10分ほど。2017年9月に近所から移転し、現在地にリニューアルオープンした「サカエヤ」だ。
サカエヤの名を知らなくとも、北海道の完全放牧野生牛「ジビーフ」や、日本唯一の乳飲み仔牛「オークヴィール」、農業高校の生徒が育てた豚「愛農ナチュラルポーク」といった肉の名前を聞けば、ピンとくる料理人も多いだろう。手塩にかけて生産者が育てた肉を、解体・熟成させてから、レストランに渡す。
東京や大阪で活躍する肉の匠たちがこぞって使いたいと願うサカエヤの肉とは―。代表の新保吉伸さんに話を聞いた。
ここ数年、生産者と料理人さんの取り組みにスポットライトが当たるようになりました。でも、私たちのような肉屋や魚屋、八百屋の話には、なかなか耳を傾けてもらえないので、今回は、日頃考えていることを率直にお話しようと思います。
実はここ数年、料理人さんが肉の扱いを学びたいと、サカエヤに研修にこられることが多くなりました。料理人さんと肉屋の包丁の使い方は、まったく違うんです。例えば、元銀座レカンの高良(康之)さんは、じつに肉の扱いがうまい。そう言うと、高良さんは「肉屋さんに教えてもらったんです」とおっしゃる。なるほど、筋がある場所やその取り除き方などを知らない人も多いですから。産地に行って牛舎を見たり、飼料を知ることは、もちろん素晴らしいことですが、そこで満足してしまっているんじゃないでしょうか。牛肉に毎日触れ、競りに出かけている私たちですら、牛舎に入って飼料を見ただけでは、牛肉の良さまではわかりません。
私自身は、牛が食べているものによって肉の質は、多少の影響はあるものの、血統の違いの方が大きいように思っています。そして最終的には「人」だと思います。牛を育てる人、肉屋、料理人、肉に関わる人が、肉のおいしさを決めるんです。
僕が扱う肉は、小さい規模で少量生産。ビジネスを考えたら、まったく元がとれていません。それでもやれるのは、サカエヤの屋台骨として近江牛の販売があるから。だから商売を抜きにして、「この人」と思った生産者さんの肉を扱い、「この人」と思った料理人さんに渡すことができる。今でも「こうしたら良くなるんじゃないか」「ああしてみようか」などと考えていると、楽しすぎて寝れない。生産者さんや料理人さんと1、2時間も電話をすることもあります。いい迷惑ですよね(笑)。そう思うと、僕のまわりは、いわゆるビジネスで動いている人は誰もいないかもしれませんね。
熟成と呼ぶのがあまり好きではなくて、自分の仕事のことは〝手当て〞と言っています。生産者さんからいただいた肉に命を吹きこみ、使う料理人さんにあわせて手当てするんです。肉の水分量の調整が大切で、それが焼き方にも影響しますから、そのシェフがどう焼くだろうか、を想像しながら手当てしています。
今、試行錯誤しているのが、岡山県の吉田牧場のブラウンスイス牛です。吉田牧場では、乳牛として飼われていた牛は、歳をとって役目を終えると廃牛になっていました。しかし、牧場主の吉田(全作)さんから「廃牛はどこにいくのか。その先がまったく見えない。ちゃんと人の口へ運ぶことはできないでしょうか」といわれ、再肥育しておいしく食べよう、という挑戦を始めたんです。
しかし肉を手当てする前から大変で(笑)。まず、丸々一頭をと殺して、岡山から滋賀まで運んでくるルート作りに1年かかりました。
そして、届いてからも大変。完全放牧野生牛のジビーフもそうですが、牧草を食べて育った牛は水分が多い。水分を抜くのに、冷蔵庫で1カ月もかかりました。さらに、吊るしながら熟成をしますが、なかなかやわらかく仕上がりません。
さまざまに方法を変えながら、ようやく今、何店かのレストランに渡せるようになりました。年間4頭の生産量しかありませんから、本当にこの肉を旨く料理してくれる料理人さんを、僕が選んでお渡ししているのが現状です。
僕は、取り扱おうとする生産者さんには必ず会いにいくし、使ってもらう店にも食べに行きます。その時に見ているのは「人」。だから、誰とでもすぐに取引をするわけではない。「料理王国」を見たといっていらしていただくのはうれしいですが、実際はちょっと困りますね(笑)。
Yoshinobu Niiho
1961年京都府生まれ。株式会社サカエヤ代表取締役。近江牛の販売をしながら、「ジビーフ」や「オークヴィール」「愛農ナチュラルポーク」などの希少な肉を販売する。2017年9月に現在地に移転し、レストラン「セジール」を併設した店舗をリニューアルオープンさせた。フランスのイヴ=マリ・ル=ブルドネック氏(「ラ・マルティーヌ」オーナー)との交流も深い。(株)サカエヤの社長日記「牛肉魂」(www.omi-gyu.com/blog/)
江六前一郎=取材、文 蛭子 真=撮影
本記事は雑誌料理王国第281号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第281号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。