“ミックス”から生まれ、“自由”を追求する──香港と東京で活躍するアルゼンチン人シェフ、アグスティン・バルビ氏インタビュー


香港でミシュラン一つ星のイノベーティブレストラン「アンドー」を営むアグスティン・バルビさん。アルゼンチンに生まれ、アメリカで日本料理に出会い、東京、香港と渡り歩いてきた。その流れは一見脈絡がないようにも感じられるが、話を聞くと、アルゼンチン人としての必然、自分を偽らない誠実さの結果であることがわかる。母国アルゼンチンの外へ出ながら、ルーツも探るという往復のなかで独自性を創り上げてきた、そんな自身の背景を語ってくれたバルビさんのインタビューを紹介する。

約半世紀ぶりの山手線新駅として、2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅。周辺ではいま、大規模な再開発が進行している。その中核施設のひとつとして2025年にオープンしたのが、日本初進出となるマリオットのラグジュアリーブランド、JWマリオット・ホテル東京だ。館内には、地中海料理を現代的に再解釈したレストラン「セフィーノ」がある。

@Sefino
29階に位置する「セフィーノ」。昼はさんさんと注ぐ自然光、夜は窓からの高輪の夜景が美しい。

現在進行形を示す「アンドー」と、ルーツを見つめる「セフィーノ」

セフィーノのシェフを務めるのは、アルゼンチン人シェフであるアグスティン・バルビさん。香港で、スペインをベースに和のエッセンスを取り入れた イノベーティブ料理のレストラン「アンドー」を営む。この店は2020年、コロナ禍の最中にオープンし、半年後に早くもミシュランの星を獲得したことで話題を呼んだが、もともとバルビさんは高い実力で知られた料理人。大阪にあるミシュラン三つ星の日本料理店「柏屋」の主人、松尾英明さんが香港で運営していた店「HAKU」でシェフを務めるなど、ハイレベルな環境で経験を重ねていた。

「柏屋の松尾さんには日本料理の素材、技術から哲学まで、本当に多くを教えていただきました。今も大阪に行けば会って近況をお伝えしています」と、バルビさん。「日本料理は素材を最大に引き立てますが、これは私の祖先のルーツであるイタリア、スペインの料理も同じ。共通の哲学があり、その点でも強く惹かれます」。ちなみにバルビさんの祖父はイタリア、祖母はスペインからそれぞれアルゼンチンに渡った移民なのだという。

@Sefino
「セフィーノ」では食事の前に、その日のコースに使用する食材をゲストにプレセンテーションする。

なお香港の店名の「アンドー」はスペイン語(アルゼンチンの公用語)のandoが由来。andoは英語の「〜ing」にあたり、動作の最中を表す。「さまざまな食文化に出会って取り入れる、現在進行形の自分を表現するレストラン。私はいつも動いていて、止まらないタイプの人間。そんな自分らしさを込めた名前です」。

一方、東京のセフィーノは対照的で、「自分の祖先のルーツ、地中海の料理へのオマージュを表現する場」と話す。店名は、sea(海)と cefiro(そよ風)、 fino(洗練)の掛け合わせ。海の素材を中心にした洗練された料理を意識する。

なお、バルビさんは香港でHAKUのシェフを務める前、東京の日本料理店で半年ほど研修をしている。アルゼンチンの調理師学校で学んだ後、アメリカに渡りガストロノミーレストランで働くなか、日本料理に出会った。「未知の料理、未知の素材。特に魚介類と海藻はアルゼンチンではほぼ食べなかったので、完全に夢中になりました」と話す。「どうしても本場に行きたくて日本に渡ったのですが、魚もウニも海藻もクオリティが桁違いでまた驚愕。やはり本場で働かなくては見えてこないものがあると思い知りました」。

地中海料理がテーマのセフィーノでも、静かに日本料理の要素が料理に忍ばせてある。「昆布だしを使ったり、調味に味醂を用いたり。日本料理は自分の一部になっていますから」。

@Sefino
子供の頃、祖母の家で食べた「カルドソ(スペイン伝統の、スープ仕立ての米料理)」から発想を得た一品は、「セフィーノ」のコースで欠かせないスペシャリテ。ゲストの目の前で、大鍋からサーブされる。

「ミックス」が、アルゼンチン人である自分のベース

こうしたバルビさんのあり方は、日本人の感覚からすると多くの「なぜ?」を心の中に呼び起こすものでもあるだろう。「なぜアルゼンチン人シェフが香港で店を?」、「なぜ香港で和のエッセンス?」、「ルーツはアルゼンチン? 地中海?」、「東京の店では地中海料理がテーマ? しかし和の要素も?」などなど。どうしても一貫性を求めたがる。

しかしバルビさん曰く、「そこが、まさにアルゼンチン人である自分らしいところなのです。なぜなら、アルゼンチン自体がミックスだから」。確かに、アルゼンチンは移民の国だ。

「ヨーロッパや日本など、いわゆる旧世界の料理人はシンプルです。日本人には日本料理、イタリア人にはイタリア料理があり、歴史も長い。でも新しい国の料理人は違います」。日本人にとって、一つのジャンルを追求することは自然だ。ただし最初から「融合」が自国の食文化の場合、考え方も自ずと違ってくるのだという。

@Sefino
「甘鯛、エシャロット、海藻」
パリパリに焼いた皮、ソースに入れた海藻の風味がアクセントになり、甘鯛のやさしい味わいを引き立てる(セフィーノにて1月に提供されていた料理。以下同)

実際に歴史を見ると、現在のアルゼンチンの地域で先住民族が築いてきた文化は16世紀のスペインによる侵略で変容し、多くは継承されることなく植民地支配が続いた。その間、食の面ではスペイン人が持ち込んだ牛の大規模放牧が風土と合い、食文化の軸に。独自のバーベキュー「アサドール」などが発達した。

その後アルゼンチンは1816年に独立するが、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、第一次世界大戦などで混乱するヨーロッパから大量の移民を受け入れることに。当時のアルゼンチンは世界を代表する富裕国だったのだ。移民は、旧宗主国であるスペインと、統一に伴い混乱したイタリアからが特に多く、ここでイタリア・スペインの文化がアルゼンチンに上書きされた。

「マラドーナやメッシもそうですが、アルゼンチンにはイタリア系の名前が多いです。現在のアルゼンチン人口の6割がイタリアにルーツがあると言われています。毎月29日にはニョッキを食べるというアルゼンチン独自の文化もあるんですよ」

アルゼンチンには牛肉文化が伝統として根付いているが、その濃さは家庭によってさまざま。「子供の頃、友人の家の多くは日曜日に家族でアサドールを囲んでいましたが、わが家はラビオリやパスタ、カルドソ(スペイン伝統の、スープ仕立ての米料理)を食べていました」。

そんな環境で育ったバルビさんが、料理の道に進むと決めた時に気付いたのは「純粋なアルゼンチン料理というものはない」ということ。「だから外に学びに行く必要があった。それが今の私の出発点です」。こうしてアメリカに行き、日本の魚介類に出会い、興味を持って来日した。

ちなみにアルゼンチン人料理人は、ガストロノミーを本格的に学ぶならスペインに渡る人が多いところ、バルビさんはアメリカを選んだ。「みんなと同じではつまらないと思ったから(笑)。人と違う道を進むことで、人と違う、自分だけの料理人になれると考えたのです」。

@Sefino
「赤牛、ベビー茄子、パースニップ」
しっとりと焼き上げた赤牛とそのジュは深い旨み。パースニップ(白ニンジン)のやわらかい清涼感が加わり、料理全体に奥行きが生まれる。

固定概念はいらない。バランスを探しあてる

このように、外に向かっての冒険とルーツの探究を活発に行き来するバルビさんだが、いち料理人としての変わらぬ信念も持っている。それは、料理を通じてゲストに幸せになってもらうこと。

「私が理想の料理について考える時、祖母の手料理が必ずそこにあります。お金や自己の創造性ではなく、ただ相手を幸せにしたいという気持ちで作られる。最高のホスピタリティです」

その上で、料理で最も大切にするのは味。「おいしさが何よりも重要」と話す通り、セフィーノの料理は味が確かで、素材そのものの魅力をゲストに語りかけるような優しさもある。

また、「もう一つ大事なのは、自分らしさ。自分に嘘をつかないこと」とも。幾つものジャンルの料理を自在に融合させる料理は、さまざまな地域とつながりを持つバルビさんを真っ直ぐに反映している。

@Sefino
「チョコレート、ルイボスティー」
苦味、甘味、酸味が繊細なコンビネーションを作るチョコレートに、ルイボスティーの土を思わせる香りを重ねると、厚みがある印象に。チュイル、クリーム、ソースで構成。ミニマムながら、強いインパクトを残すデザート。

そんなバルビさんだからこそ、「料理に固定概念はいらない。もっと自由に考えていい」という言葉に説得力がある。「あり得ないと思うものでも、バランスを見つければ成立します。だから最初から『できない』などと思わないことです」。

愛情のある料理のなんたるかを祖母から受け継ぎ、理想に据えるバルビさん。と同時に、アルゼンチンという“ミックス”の国に生まれ、だからこそ世界を巡りながら自分の料理を形づくってきた。ルーツを大事にし、自分を偽らないからこそ広く、深い世界に挑むことになった彼が、これからどのような挑戦と変化を続けるか楽しみだ。

@Sefino

アグスティン・バルビ Agustín Balbi
1987年アルゼンチン生まれ。スペインとイタリアにルーツを持つ家庭で育ち、料理の道へ。アメリカで経験を積む中で日本食材と出会い、日本へ渡り研鑽を積む。その後香港に拠点を移し、和食店「HAKU」の料理長を経て自身のレストラン「Andō(アンドー)」を2020年に開業。現在は東京でも「Sefino(セフィーノ)」を監修し、幼少期の記憶、地中海、和の要素を融合させた独自の料理を表現する。

3,000記事以上 会員限定記事が読み放題 無料会員登録

SNSでフォローする