時には和食の技法も用い、日本人の遺伝子に訴える「アル・ケッチャーノ」奥田政行さん


2000年3月、「地産地消」という言葉が今ほど認知されていなかった時代に、故郷、山形県庄内地方の食材を使った〝地場イタリアン〞「アル・ケッチァーノ」を開業した奥田政行さん。当初のコンセプトは「庄内食材のアンテナショップ」で、地元客に地元の食材のおいしさを伝えるための店だった。食材が思うように手に入らなかった時、生産者たちが「お裾分け」と称して無償で食材を提供して店を応援してくれた。「この人たちに恩返しするには、楽しんで農作物が作れる環境を」と奮起。そこで、地元だけではなく、全国にアピールできる「食の都庄内」というコンセプトが生まれたという。

オープン後しばらくは、庄内豚のベーコンや平田赤ネギを使ったアマトリチャーナといった、地元の素材を使ったイタリア伝統料理を提供していた。だが3年後に転機が訪れる。

奥田さんは庄内に昔から伝わる、40種類以上はあるとされる在来野菜に注目。「ある時、〝外内島(とのじま)きゅうり〞を食べた時、みずみずしい味と香りが特徴の庄内の野菜に、イタリアンの技法をそのまま取り入れてもおいしくならないことに気づいたんです」。奥田さんは過去に得た、フレンチやイタリアンの技法をいったん頭から捨てた。そして、来る日も来る日も畑に入り、自分の体を実験台にして、野菜を吐くまで食べ続けたという。すると相性のよい食材の組み合わせや調理法が自然と頭に浮かんでくるようになった。その結果、「地元の素材に合った調理法を使って、無理なく調理する」奥田流のイタリア料理が生まれることとなった。

3口目でおいしさを感じるほっとする味をめざす

「奥田流のイタリア料理」は、イタリア料理の調理法を基本とするが、とくに「ジャンル」に固執するものではない。素材によっては和食の調理法も取り入れる。ただし、醤油のような和の調味料は使わないと決めている。「見た目はイタリアン。でも、食べると日本人の遺伝子に訴える料理を作りたい。ひと口目であっと言わせる料理ではなく、3口目でしみじみおいしさを感じるような、ほっとする味をめざしている」。

今回紹介した「アユとナスの天火焼き」は、もとを正せば「ナス田楽」。アユの内臓を田楽味噌に見立て、塩味、苦味に加え、アユから流れ出る良質の脂分=旨味をナスが受け取めて、三位一体の味わいを表現した。どこか懐かしくて、日本人のノスタルジーをそそる味だ。イタリア料理の原点は、家庭のマンマの味。奥田さんがめざす「ほっとする味」は、このイタリア料理の原点に通じるものがある。

日本海に面して鳥海山がそびえ立ち、海と山が近い庄内は食材の宝庫。奥田さんは、沖合から山に向かってさまざまな庄内の食材を味わうコースを提案する。「食材をしゃべらせるには3つがベスト」という考えから、ひと皿に使う食材や味を3つに絞る。また、庄内の食材をいろいろ味わってもらいたいという気持ちから多皿構成とし、緩急つけた食べ飽きのこないコース料理が誕生した。

2006年のスローフード協会イタリア本部主催「テッラ・マードレ」では、世界の料理人1000人に選ばれた。その後、スローフード協会会長のカルロ・ペトリーニ氏から直々に要請があり、昨年開催された「テッラ・マードレ」のファイナルディナーで料理を披露。庄内米の「つや姫」とイタリアのカルナローリ米を使ったリゾットを作って反響を呼び、日本の食材のイタリア料理における可能性を証明した。

奥田さんは「今後は料理に変化が必要。人や日本ともっと仲良くなれる料理をめざしたい」と話す。 

アユとナスの天火焼きの外内島とのじまキュウリのからし漬けとマスタードのジェラート

ナスに稚アユを重ね、湖塩とタイムをのせて天火焼きに。アユから流れ出る良質の脂分をナスがすべて受け取める。アユの内臓を味噌にたとえ「ナス田楽」に。ミルクジェラートには、アユの香り、キュウリとナスに辛子を連想させ、すべてが庄内料理につながる奥田流“かけ算料理”。

奥田さんに聞く3つの質問

Q1│イタリアで衝撃を受けたイタリア食材は?
A.レモンの1種チェードロは日向夏のような酸味を香り。刻んでオリーブオイルに加えればソースに。カルドの食感も衝撃的。

Q2│これから使ってみたい未体験の日本の食材は?
A.各地の在来の野菜と漬けもの(乳酸発酵させたもの)。これにオリーブ油を足せば、食感豊かなドレッシングになる。

Q3│自分のイタリア料理の核としている味は?
A.皿の中のすべての素材の味がわかる料理。イタリア「ドン・アルフォンソ」の「畑のトマトのスパゲッティ」。

アル・ケッチァーノ 奥田政行さん
1969年山形県生まれ。東京都内の店でイタリア料理、フランス料理、洋菓子などを修業。2000年に山形県で独立。07年同地にカフェとドルチェの店「イル・ケッチァーノ」、09年東京、銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」オープン。

藤田アキ=取材、文 川瀬典子=撮影

本記事は雑誌料理王国2011年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする