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トップシェフが再現するフランス古典料理「オーギュスト・エスコフィ」 ~ヴェリノール 相原薫さん~


「フランス料理は旨いと素直に思いました。このエッセンスを表現したい」

ヴェリノール 相原薫さん

19世紀までのフランス料理はエスコフィエによって集積され、体系化され、フランスの「古典料理」として長く君臨した。
だが、実際のルセットは非常に合理的であり、現代の料理人にも参考になるヒントがたくさんある。

 いわゆる「古典フランス料理の父」とみなされ、複雑で重厚なフランス料理の原点のようなイメージを持たれるオーギュスト・エスコフィエ。しかし、1903年に出版された『ル・ギッド・キュリネール』を繙き、当時の時代背景を考察すると、彼のルセットは体系的かつ合理的で、それがフランス料理の「基礎」として君臨する理由が窺える。

体系化したルセット簡素な盛り付け、早い提供

19世紀末になると、フランスの上流社会では、各地方の観光地へ旅行や湯治に出かけることが流行し、ホテルが数多く造られた。エスコフィエが活躍したのは、これまでのような宮廷ではなく、ホテルの厨房だったのである。彼のルセットは、ひとりで1品を仕上げる作り方ではなく、複数の料理人が複数のセクションで作業を分担したり、途中まで作業を進めておき、お客のオーダーごとにすばやく作れるような書き方になっている。さらに加熱調理法もシステマティックな分類と精密で明確な定義を行い、現在の調理法の基礎を築いた。なお、エスコフィエは大仰な盛り付けを嫌ったため、ルセットには図版がほとんどない。短時間で合理的に作れて、見栄えよりも、料理の鮮度やおいしさを重視する傾向はこの時代に確立したのである。

 シェフの相原薫さんにとって、エスコフィエの『ル・ギッド・キュリネール』は、修業時代から親しんだ書物。独立した今も、つねに手元に置いて時々ページを繰る。

「今回の舌ビラメ料理のルセットでも、ポシェして作りおき、その後オーブンで加熱するという『調理手順』が書かれています。単なる調理法にとどまらず、お客さまに温かい状態で出すための段取りまで書かれているのがすごい」と、相原さん。

「重層的なおいしさ」を保ち、素材の繊細さを生かす

 実際に作ってみたところ「フランス料理のおいしさは、味わいを積み重ねて複雑さを出すところにある」と再認識した。自身の料理では、この点を生かしながらいかに今の食材やお客の嗜好性に合わせるかを考えた。エスコフィエのルセットのカキ、エビ、エビ、キノコなどの組み合わせを踏まえ、魚介はきざんでデュクセルに加え、キノコと調和した旨味をよりはっきり楽しめるようにする。また、ソース・ノルマンドは卵黄を入れず、牛乳とクリーム少量を加えて泡立てる。グラス・ド・ヴィヤンドのソースは煮つめ加減を軽めに。日本産舌ビラメはノルマンディー産と比べて繊細な味わいだからだ。複合的な旨味を出しつつ、現代の素材や嗜好性に沿うひと皿である。

明石産舌平目 ノルマンド風 エスコフィエを敬して
樋口農園の野菜とともにデュクセルときざんだ魚介類で旨味をまとめる一方で、新鮮な舌ビラメには軽く火を入れ、ソースも重たすぎないように仕上げる。原典の舌ビラメと日本産の鮮度や身質の違い、嗜好性を考慮した。

オーギュスト・エスコフィエ Auguste Escoffi er 1846年-1935年
オーギュスト・エスコフィエの功績は、20世紀初頭の人々のライフスタイルの変化に合わせた「古典料理の集積と簡素化」のみにとどまらず、さらなる体系化を成し遂げた点だ。たとえばフォンの概念を確立し、フォンをもとにそこからソースを派生させる。これにより、ソースはさらに複雑化し、多様化することにもなった。一方で、組織や調理作業の合理化を図った料理人でもある。ホテルなどが採用する調理作業をセクションごとに分担する方法を生み出したのも彼であった。また、生涯を通じて社会問題への関心が高かった。1910年には、料理人の貧困を根絶するための相互扶助計画について述べた小論文を書いている。

text:Yukako Ito /photo:Fujio Takashima

本記事は雑誌料理王国第209号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第209号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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