安尾秀明シェフは「牛肉が食べたいというだけなら焼肉店でもいい。せっかくレストランに来ていただくのだから、フランス料理店でしか食べられない食材を食べてほしいんです」と言う。成牛肉は一切使わず、リー・ド・ヴォー(胸腺)など日本では馴染みの薄い仔牛の内臓のみを使う。この日の素材はロニョン・ド・ヴォー(腎臓)。独特の香りがあり、万人向けの食材ではないが、通な人は「この店にはロニョンがあるの?」と喜ぶ。年配の婦人に「昔フランスで食べておいしかったのよ。嬉しいわ」と感激されたこともある。
日本のレストランがあまりロニョンを置かないのは、調理が難しいせいでもある。内臓系は、おしなべて火入れがデリケートなのだ。
安尾さんに火入れのコツを尋ねると、「勘!」とひと言。何度で何分かを計ったことはない。「もちろん失敗もたくさんしましたよ。経験で身につけるのが『技』術者ですから」。
調理の第一歩は、下処理だ。臭みがあるスジと脂をきれいに取り除いてゆく。その臭みを好む人もいるため、ゲストに合わせた処理を施す。「そもそも〝臭み〟という表現で、合っているのかなあ?と思います。僕はこの〝臭み〟が好きなんですよ」あえて少しだけ脂を残し、火入れを開始。強火で表面を固めたロニョンを休ませていると、次第に血の混じった水が浮いてくる。
「昔はアメリカ産の冷凍しか手に入らなかったので、この水を捨てながら焼いていました。放置すると、強い臭みが全体に回るからです」
ところがフランス産の生なら、この水分が旨味となる。ソースの鍋に加えてゆけば、一層風味が増す。
ロニョンと合わせるのは、リンゴ。「甘めの素材と合うんです。季節によっては桃や杏なども使います」
パート・フィロにポワローとデュクセルを詰めて、キャラメリゼしたリンゴをのせる。マダムの実家から届いた新鮮な秋映は、皮の濃赤が印象的だ。この色を活かしたリンゴのスライスを飾って、ひと口サイズのタルトタタンが出来上がった。
成牛は使わないという安尾さんだが、フィレステーキしか食べられない、というゲストがいれば、もちろん作る。コース組みを好みに合わせてくれるのも魅力のひとつ。ゲストごとに違う料理を出すこともある。「店を作るのは、サービスのスタッフ。調理人は黒子に徹するべき」。ただし、調理に専念できるのは、サービスとの信頼関係があればこそ。マダムの笑顔と安尾さんの料理にひかれ、人はこの店に足を運ぶのだ。
コンヴィヴィアリテ
Convivialite
大阪市西区新町1-17-17
06-6532-4880
● 11:30~14:00LO 18:00~21:00LO
● 木休
16席
www.convivialite.info
藤田アキ=取材、文 畑中勝如=撮影