親指と人差し指でぐっと握るように押すとサシができ、肉の弾力が指に伝わる。これこそが、とんかつにしたい旨い豚──
東京・西麻布のとんかつ「豚組」のメニューには、北は北海道の「阿寒ポーク」から南は沖縄の「琉香豚」まで、日本各地のブランド豚約80種が並ぶ。古民家風の店には連日、午前11時30分の開店と同時に客が詰めかける。「抜群に旨いとんかつが食べられる」と評判なのだ。
幻の豚と言われる茨城県の「梅山豚(めいしゃんとん)」のフィレかつもメニューに並ぶ。この豚は、弾力がありながらやわらかな霜降りの肉が抜群。その甘さは刺激的ですらある。
「飼育数が100頭前後の希少な豚ですから、仕入れるのは無理だと思っていましたが、生産者の塚原牧場さんのご好意で入荷できました。私自身も驚いています」と料理長の大石智さんは笑顔を見せる。
10年前のことである。「旨いとんかつ」を食べたい――。この単純な欲求をもつ男たちの想いから、「豚組」は始まった。
「豚といえばとんかつ。明治以来の日本人の定番メニューですが、どこの店でも同じくらいの値段で、同じようなとんかつが出てくる」と大西さん。
これが不満だった。代の大石さんは、フレンチ歴年を経ていたが、じつは歳で飛び込んだ修業先は、故郷・静岡のとんかつ屋だった。「キャベツの黄緑と茶色のとんかつ。その皿のコントラストが地味に思えて」数年で方向転換。「フレンチなら、色鮮やかな絵のように美しい皿ができる」と思い描いて歳で東京へ。
人生も後半にさしかかった40代になって、大石さんは、「旨いとんかつを食べたい。極めたい」と強く思うようになった。そして「旨いとんかつ」を求めていた30代のIT関係のビジネスマンと巡り会う。彼がオーナーとなりスペインから仕入れられていたイベリコ豚を探しあてた。「まさに格が違う。絶品のとんかつになりました」。しかし、値段が高すぎる。イベリコ豚を頂点にして、ランチに出せる価格帯の豚をラインナップするために、大石さんは日本全国のブランド豚を食べ歩き、生産者にも会った。
「岐阜県の飛騨で、理想に近い豚を発見しました」。それが「なっとく豚」だった。サクサクの衣をまとった「なっとく豚」のロースは、「ご飯にもっとも合い、何度食べても食べ飽きない、とんかつらしいとんかつ」と大石さんは評価する。
このようにして、発掘したブランド豚は約80種。現在、イベリコ豚は、スペインの国情の影響もあり、仕入れていない。
「ロースならば、沖縄の『今帰仁ラグー』、宮崎の『南の島豚』、フィレは新潟の『つなんポーク』など、かつてのイベリコ豚に匹敵するほどの旨い豚が育っています」。また、凍るような寒さを巧みに利用し、「氷温熟成技術」で育つ群馬県の氷室豚も「旨味成分アミノ酸が詰まった」大石さんおすすめの逸品だ。
生産者の考え方、気候、風土、飼料などが、肉質に反映される豚肉。それぞれの個性ある旨味を、とんかつで最高に引き出すことが、大石さんが目指す「究極のとんかつ」。「単品勝負は奥が深い。とんかつは、まだまだ旨くなります」。
大石さんは、太白胡麻油がたっぷりと入った大鍋の前に立つ。〝5分の勝負〞のタイミングでとんかつを揚げる。「旨いとんかつ」を求める男たちの想いがこもった「豚組」に、行列ができないわけがない。
現在、日本の梅山豚は、「塚原牧場」が飼育している100頭前後のみ。その希少性もさることながら、豊かな味わいと、モチッとした味わいは、まさしく絶品。
中国原産種「チャイナジャパン」に、改良した欧米種を掛け合わせた独自の品種。三重県四日市畜産公社に推薦され「松阪ポーク」と名付けられた。中国系の豚らしく、しっかりとした味わいと、もちもち感のあるしっとりとし赤身により、味わい豊かな豚肉となっている。
独自飼料のタピオカ、小麦、大豆と、ヨモギ、海藻、フミン酸を配合。こだわりの飼料が、クセのないライトな脂身のまろやかな味わいの豚肉を育てている。
岐阜県畜産試験場が10年近い歳月をかけて作った品種。岐阜県産大ヨークシャー(ナガラヨーク)とランドレース、デュロックを掛け合わせた三元豚。現在、6戸の農家だけが飼育管理プログラムに基づき飼育している。
沖縄在来の豚で、ようやく飼育に成功した希少性の高い島豚。ジューシーさは国産で最強。とろけるような脂身、旨みとコクを合わせもつきめ細かな肉質が特徴。
「(有)永田種豚場」が沖縄との30年以上におよぶ豚種の取引から「アグー豚」を譲り受け、オリジナルの飼料にこだわり誕生させた豚。豚肉本来の旨みとコクがある。
「肉と衣のバランスが大事。口に入れたそのとき、衣が勝ってしまったら駄目ですね。」
とんかつ 西麻布 豚組
Nishiazabu Butagumi
東京都港区西麻布2-24-9
03-5466-6775
● 11:30~14:00LO、18:00~22:00LO
● 月休(祭日の場合は営業、翌火休)
● 42席
www.butagumi.com
この記事もよく読まれています!
長瀬広子=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第241号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第241号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。