日本料理で豚肉を使うことは、ほとんどないと言ってもいい。むしろ拒否する料理人もいるだろう。しかし、「新和食」を標榜する「HAL YAMASHITA 東京」のオーナーシェフ山下春幸さんは、いわゆる"日本料理の常識"を軽々と超えていく。「日本人ゲストに、おいしいと感じていただける料理をお出しするのは当然です。ただ、和食は日本の文化そのものなんだから、僕は世界中の人に和食を楽しんでもらいたい。そのためには、まず、彼らに親しんでもらうことが重要だと思うんです」
だからこそ、食卓には箸のほかにナイフとフォークも用意する。フォワグラなどの外国産食材も、躊躇なく使う。
「いわゆる『懐石』のルール通りでなくても、『おいしい!』と感じてもらえたら、それが入口。和食に対する興味や造詣も深くなって、どんどん好きになってもらえる。僕は、最終的に和食という日本の文化を、一人でも多くの外国人に理解してもらえればいいと思っています。そこに至る道筋には、いろんなアプローチがあっていい」
そんな山下さんが好む豚肉は、獣臭さがほのかに残り、野生の荒々しさが感じられる豚だ。かつては、九州系の黒豚などを使ったこともあったが、ここ数年は、野性味と繊細さのバランスが絶妙だと思う梅山豚を愛用する。
今回、使った部位はバラとフィレの2種類。いずれの料理も和食の域を超えて、山下さんの感性と技が冴える「旨い豚肉」になった。
まずは「梅山豚バラ肉 白酢餡シェリーヴィネガー風味」。
この料理のいちばんのポイントは、塊のまままず炭火で焼き、脂身の旨さをギュッと内部に閉じ込める点だ。「梅山豚の最大の魅力は、ほんのりとした甘みが感じられる脂身の旨さです。通常の日本料理では、塊をぬかなどでゆでて脂抜きをするのですが、今回は、あえて脂身を残し、むしろその味を存分に楽しんでいただけるような料理にしました」
炭火で表面をしっかり焼いたバラ肉は、カツオ節と昆布でとった出汁に薄口しょう油を加えた漬け汁に漬けて、ひと休みさせる。
「こうやって1回休ませないと、脂が強いから、容易には味が入らないんです。味は、いったん温度が下がるときに染み込みますからね。バーッと火を入れて、いったんポンと火を止めるという、和食のふくませ煮の技法の応用です」
漬け汁に漬けたバラ肉は、ひと休みさせた後で、冷蔵庫に入れる。味を落ち着かせた上で、さらに味を締めるためだ。そして、味が落ち着いたバラ肉に、小麦粉と片栗粉の衣をまとわせて、低温の油で揚げる。「焼く」と「揚げる」の工程を経たバラ肉は、サクッとした歯触りのあとで、ジューシーな肉の味わいが口中に広がる。肉の淡泊な味わいと、酸味をきかせたヴィネガーソースが好相性の、初夏にふさわしいひと皿だ。
もうひと品は、「梅山豚のフィレ西京焼きマリボーチーズと春野菜オレンジ添え」。こちらのポイントは、リンゴジュースやみりん、薄口しょう油を加えた白味噌を小さく切ったフィレ肉に合わせ、真空パックにする点だ。こうすることで、フィレ肉に白味噌などの風味が入りやすくなる。リンゴジュースが肉を軟らかくし、肉の臭みを取ることは、ご存じの通りである。
「真空パックにしたら、約日、冷蔵庫に入れておきます。こうすることで味が染みるのはもちろん、豚肉から余分な水分が出てきて、その分、肉が締まります」
そして火入れ。肉料理にとって、火入れは最大のポイントだ。それは、豚肉も例外ではない。
「牛肉と違い、『豚肉はしっかり火をいれないといけない』と昔は言われていました。でも、最近の豚肉は新鮮ですからね。むしろ、火を入れすぎて、肉が硬くなってしまわないように気をつけることが大切です」
とりわけ梅山豚の赤身の間には、たっぷり脂が入り込んでいる。
「それを生かすためには『焼きに6、その後に余熱3、惰性1』くらいの火入れがいいと、私は感じています」
こちらの料理は、チーズやオレンジなどで「洋」の趣を出しつつ、白味噌に和の味を主張させた。
梅山豚を用いたふた皿。まさに、「新和食」の匠の真骨頂である。
脂身の旨さがギュッと詰まったバラ肉と、揚げたサトイモに、酸味を効かせた3種類のビネガーのソースが絶妙にマッチするひと皿。
梅山豚(バラブロック)…30g /里芋…1個/芽ネギ…10g /ショウガ、ワサビ…各適量
豚煮汁
水…2000g /薄口醤油…180g /みりん…45g /酒…45g /砂糖…500g /塩…少々/白ネギ頭…1束/ショウガ…50g /ニンジン…40g /タマネギ…30g /セロリの葉…適量
里いも煮汁
だし…120g /薄口醤油…20g /みりん…20g /砂糖…15g /甘酢あん/千鳥酢…540g /シェーリーヴィネガー…45g /赤ワインヴィネガー…45g /白だし…180g /グラニュー糖…50g /ザラメ…50g /水溶き葛 …15g
真空パックで味を染み込ませたフィレ肉を炭火で焼く。フィレ肉の脂の少なさを上に乗せたチーズでカバーする。チーズをバーナーで焦がして香ばしさをプラス。
梅山豚(フィレ肉)…30g /マリボーチーズ…5g/オレンジ…3切れ/オクラ…1 /2 本/絹さや…1本
材料A(白味噌…200g /薄口醤油… 30g /みりん…50g /酒…50g /上白糖…50g /りんごジュース…40g)材料B(白味噌…30g /木の芽10g)
Haruyuki Yamashita
1969年、兵庫県神戸市生まれ。大阪藝術大学卒業後、世 界 各 国 で 修 業 を 積 む。2003年 よ り「NADABAN 神戸元町」「HAL YAMASHITA 東京」「トップテーブル 東京スカイツリータウン」「HAL YAMASHITA 大阪梅田」などを次々オープン。著書に、『レストランは小さなビジネススクール』(アスコム出版)がある。
山内章子=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国226号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は226号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。