「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」にて第5位に入賞、魚料理特別賞を受賞した髙山英紀さん。とくに魚料理では、本番前日に発表される課題野菜を組み込むなど、即興性が求められたなかでの受賞は評価が高い。今回は、受賞した魚料理をアレンジしたひと皿を披露した。
魚料理の食材は、ボキューズ・ドール本番の2カ月前に発表された。「フランス・イゼール産ブラウントラウト(マス)」、一生のほとんどを淡水域で過ごす淡水魚だった。日本ではほとんど扱いがないが、白身であっさりした味わいの魚で、グリルやフライで食べることが多いという。淡白な魚をよりインパクトのあるひと皿にするには?
髙山シェフは、1年にわたる「格闘」の成果を存分に見せてくれた。
髙山さんは素材を見て、「淡いグリーンが合う」と感じたという。青リンゴ、ライム、エストラゴン、ヴェルベーヌ、ウイキョウ、ユズ、ハチミツ……。
「僕は、相性の良いものを点と点でつないでいく作業をよくします。鼻から抜けるハーブの香りと、ブラウントラウトの相性に注目しました」 しかし調理を誤れば川魚特有の臭みが出てしまう。マスの繊細な味とハーブの香りを活かすためには、魚の下処理は丁寧にしなければならない。もともと水っぽいマスは、十分に水分を抜かないと、ベシャベシャとピューレ状になるので、身のゆるいマスをしっかり締めて、水分を抜き、塩で旨味を凝縮させた。
さらにこの精妙な下処理を施すことこそが、魚を扱い慣れた日本人ならではと、髙山さんは考えた。「他国に真似できない日本人の丁寧な仕事ぶりを、世界の方々に知ってもらいたいと思ったのです」
和の素材が世界の常識になった今、食材ではなく「繊細な技」でしっかりと「日本」を印象づける。自身も魚をおろす際に、柳刃や鱧切包丁などを使いこなす髙山さんらしい「和」の表現方法だった。
大会では、マスに対して50%以上の野菜を使う必要があった。繊細な下処理を施したマスに様々な野菜を纏わせるためには――。導き出した調理法が、低温調理である。
「周囲と芯温にほぼ同じ温度で均一に火入れができれば、魚の持つ繊細さが保てると考えました」
クセが少ないとはいえ、ブラウントラウトは生だと生臭く、芯温40℃を超えるとパサつく。火の入れ加減が極めて難しく、透明な身がほんのり白に変わる状態に仕上げるのに苦心したというが、しっとりととろけるような食感が、かなった。
マス独特の細かい骨など不要な部分もホタテ貝とともにミキサーにかけ、なめらかなムースに仕立てマスを包むことにした。マスの身を中心にして、マスとホタテ貝のムースを巻き、周りに貼りつけた野菜はコンクールではウイキョウと青リンゴ。今回はウイキョウの代わりにセロリが使われた。丸くくり抜いた青リンゴと角切りにしたセロリはドゥミセック(半乾燥)に。余分な水分を抜き、ムースの上に貼り付けやすくするためだ。
「ゆでるより、野菜の味を濃くして存在感を出すという狙いもある」
さっぱりした味わいのブラウントラウトに合わせたソースは、ヴェルベーヌのブールブラン。爽やかなレモングラスやレモンバーベナなどハーブの香りと、バターで包み込むブールブランを合わせ、よりしっかりと濃厚に。フレンチらしいインパクトのある仕上がりを目指した。「僕のイメージの中では、マスが白ごはん。ソースがタレ、付け合せが副菜。マスを中心にそれぞれを合わせて食べていただくことで生まれるハーモニーを楽しんで欲しい」
素朴な川魚を、髙山流ガストロノミーを体現するひと皿へと昇華させたシェフの手腕に拍手を送りたい。
マリネしたマス、ホタテ貝のムースはしっとりなめらかな舌触り。柑橘系のさっぱりとした芳香とともに、コクのあるブールブランでしっかりとした余韻を残す。さらに、ウイキョウのエスプーマを魚の下に添え、香りと風味に奥ゆきを与える。ウイキョウとショウガを中心に、青リンゴやユズの要素も加味したコンディマンにはフレッシュなリンゴの泡を。皿にあしらったエストラゴンのパウダーが、マスが泳ぐ清流を思わせる。
マス(ブラウントラウト400 ~500g)…2尾/ホウレンソウ…1束/ライム、塩…各適量
マスとホタテ貝のムースリーヌ
マスとホタテ貝…150g/卵白…65g/塩…1g
セミドライ野菜
リンゴ、セロリ、ブロッコリー、プチドリップ…各適量
ヴェルベーヌのブールブラン
エシャロットシズレ…50g/ジュドコキアージュ…100g/白ワイン…75g/シードルビネガー…50g/レモングラス…1本/乾燥ヴェルベーヌ…2g/バター…190g/生クリーム…38g/塩…1.5g
ウイキョウのエスプーマ
オリーブオイル…15 g/ウイキョウ…200g/根セロリ…40g/ジャガイモ…35g/フォンブラン…100g/ディル…適量/スターアニス…1個/塩…1.5g
リンゴの泡
リンゴジュース…100g/バター…50g/青リンゴ…1/2個/セロリ…4本
ウイキョウと生姜のコンディマン
エシャロットシズレ…30g/ウイキョウアッシェ…45g/青リンゴアッシェ…45g /ユズ果汁…8g/ユズゼスト…1/2個分/ショウガ…4g/ハチミツ…4.5g/オリーブオイル…8g/プチドリップ…2g
飾り用
リンゴ、シロップ、シブレット、プチドリップ、エストラゴンパウダー…各適量
マスをムースで巻く際は、 このひと工夫で美しく
低温調理したマス、ホタテ貝のムースを合わせる時に大切なのは、美しく形を整えること。ムースは野菜がある方を下にしてラップに乗せ、上にさらに生のムースリーヌを絞り出して、マスを巻く。ムースで巻く時には、すべりが良くないとシワが寄ってきれいに仕上がらない。あらかじめまな板にラップを敷き、オリーブオイルを刷毛で塗っておくと「いい感じにズレて巻きやすくなります」。
ハマグリの酒蒸しの要素を再構築させたひと品。蒸したハマグリ、火を入れる時に用いる香味野菜などを別々に調理。貝のジュをゼリーで寄せたもので口当たりよく。セロリの冷たいスープを添えることで清涼感を演出。髙山シェフは酒蒸しの際に、地元・兵庫の日本酒を使用した。ハマグリの旨味いっぱいのジュレ、青々しく爽やかな香りのセロリのスープが好相性。
ハマグリ…4個/タマネギ…1/10個/セロリ…1/5本/ニンニク…1片/日本酒…100㏄/タイム…1本/ウド…1本/キヌサヤ…8本/ニンニクチップ…8枚/エディブルフラワー、ディル、セルフィーユ…各適量
コキアージュのジュレ
ハマグリのだし汁…200㏄/ゼラチン…6g
セロリのスープ
セロリ…80g/タマネギ…30g/オリーブオイル…30㏄/フォンブラン…135g/ブイヨンドレギューム…135g/セロリの葉…7g
Hideki Takayama
1977年福岡県生まれ。1995年、東京「シェ・イノ」入社。2004年に渡仏、「ラムロワーズ」、「レジス・エ・ジャック・マルコン」等で研鑚を積む。帰国後、2007年「メゾン・ド・ジル芦屋」料理長に就任。「ボキューズ・ドール国際料理コンクール2015」に出場し世界第5位に入賞。
山田佐和子=取材、文 村川荘兵衛=撮影
本記事は雑誌料理王国254月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は254月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。