ロバート キャンベルの美味ごころ「オーベルジュ ときと」 23年8月号


日本文学研究者で食通として知られるロバート キャンベルさんが、心に残るとっておきのレストランを紹介する本連載。第12回目は、東京・西国立の「オーベルジュ ときと」をご紹介する。このエリアにはかつて飛行場があり、飛行機産業によって街が栄えたため、「空の都」と呼ばれた時代があった。その歴史を受け継ぎ、様々な形で伝えながら、独自のガストロノミーを展開する「ときと」の魅力を探ろうと、石井義典総料理長のもとを訪ねた。

オーベルジュは、単なる宿泊施設を備えたレストランではない。

人はその言葉を聞けば、人家から少し離れた一つ家やのイメージを抱く。数をしぼって用意した客室と、夕方になれば丹精を込めて作った美味しい料理がダイニングで待っている。そのようなコンパクトで心地よい空間を連想するであろう。中世までさかのぼるというフランス語の語源には、もともと「おもてなしをする」ことと「守り、庇う」ことの二つの意味が兼ね備わっているし、英語の「ハーバー」(港)ともいわゆる二重語、つまり従兄のような関係にある。安堵の港。長い旅先で疲れた身体と心を安心して休ませる小ぶりで清潔なお宿をわたくしなどは先ず想像する。

日本ではここ数年、コロナ禍の影響で広まったかに見える都心離れが手伝い、行動に遠心力がかかっている。今年の春からはとくに富裕層のインバウンドが戻っており、大都会や地方の旧跡名所に限らず、かつて訪ねることもなかった郊外やその先に広がる山と川を越え、静かに美食が堪能できる土地へと向かう。今、その土地ならではの豊かな滋味を提供するオーベルジュに足が向かうのも、無理からぬことだと思う。わたくし自身、この一年間だけでも富山県、群馬県、そして豊富な湯量を誇る熊本県南阿蘇山麓のオーベルジュを巡り、各地固有の風情に疲れを癒してきた。

今年、多摩地域の中でも活気あふれる街・立川市の中心街から少しだけはずれた場所に、Auberge TOKITOは開業した。地元の経営者たちは無門庵という歴史ある土地の「奥座敷」を受け継ぎつつ、温泉を掘り、元々あった庭木や石、建物躯体の一部などを巧みに改修しながら再配置をして、陰影に富んだ静謐で美しいオアシスに仕立て上げている。

「オーベルジュ ときと」が建つ土地には元々、料亭「無門庵」があった。その建物の一部や庭園を継承し、食房と茶房、4部屋の宿房を備えた約1630平米のオーベルジュへと生まれ変わった。歴史を刻む門をくぐれば、そこには木々に覆われた隠れ家的な佇まいの一軒がある。

高くて堅牢な塀の中へ一歩足を踏み入れれば別世界。目の前に客をもてなし、心の安寧を守り抜くのにふさわしい房=エリアが三つ用意されている。「食房」には中庭に面したホールと広さにバリエーションのある個室、さらに最大10名収容できるカウンター席もある。四つの客室からなる「宿坊」は、それぞれ106㎡の広さを誇る。そして、昼間は和のアフタヌーンティー、夜はお酒が楽しめる隠れ家的な「茶房」が木々に覆われた庭のなかに佇んでいる。泊まる客はもちろん、食事だけでも、あるいは夕刻に一杯という御仁にやさしい表情も持っていて、まさに多様な「旅」の形に適した上質な癒やしの空間となっている。

食房はカウンター以外にも、ダイニング、個室、宴会場を備える。
食房のダイニングは天井が高く、窓からよく光が入り、開放感がある造り。
宿房のリビングルーム。

総料理長の石井義典さんに話を伺った。イギリスの名店「UMU(ウム)」で長くエグゼクティブシェフを務めた石井さんだが、日本の料理に対する愛情と探究心は留まるところを知らない。

同店の器の多くは、石井さん自ら制作した。「吉兆では茶事の水屋仕事を手伝いながら茶道具や掛け軸に触れ、信楽の窯元にも通いました。ロンドン時代はバーナード・リーチをはじめ民芸に刺激を受け、店の器を本格的に作り始めました」と石井さん。今は同店に備えた作陶部屋で、敷地内から採取した土も使う。釉薬の研究にも力を入れ、店で出る様々な灰も活用。

道東の野付で上がったホタテは深い海の底が傾斜していく絶妙な位置で育っているから風味が豊かでとにかく甘い。藁焼きにしたメジマグロは冬の終わりにイワシを食べ味を強めるのだが、この日の一品はイワシが抜けた後のイカを食べる頃のもので、一段とマイルドに変化しているという。ことほど左様に、一点一点の器、お刺身を盛るガラス板の一枚までもが心血を注いで作った世界の一部となり、人を呼び込む影の深い内装や路地を優しく吹く夜風とともに、来る人を待ち守ってくれるのである。

北の大地
北海道赤井川村の生産者「コロポックル村」から届いたホワイトアスパラガスを、水分を逃さぬようフライパンで火を入れ、醤油を塗って炭火であぶり、超極薄のマグロ節をまとわせた。マグロ節が口の中ですっと溶け、甘味とうま味が、季節の野菜と調和する。この超極薄のマグロ節は、石井さんと共に料理を考える支配人兼料理長の大河原謙治さんが京都時代に、業者と共に開発したそう。ひと筋の裂け目が愛らしい木の器は「料亭に生えていたモミジの木を活用しました。くり貫いて、自分たちで仕上げています」と石井さん。
うじお
北海道の野付半島でとれた帆立貝を、塩や自家製醤(同店では「うじお」と呼ぶ)でいただく。今回の皿では「うじお」は2種あった。1つは刺身にそえた、帆立の肝と自家製醤油麹を合わせたもの。もう1つは、昆布締めして炙った帆立にそえた、自家製XO醤と自家製醤油麹を合わせたもの。「うじお」の味の決め手となった自家製醤油麹は、醤油と麦麹を合わせて半年ほど熟成させた。「北海道産の食材が多いのは、料理長の大河原をはじめ多くのスタッフが北海道の素晴らしい生産者と繋がっているから。メニューは社員全員で毎月見直します」と石井さん。
Surf & Turf
能登半島のメジマグロを藁焼きして表面を炙り、仔牛のうじお(フォンドヴォー)と合わせた。黄緑色の球体は奥多摩のわさび。日本料理においてマグロと牛をひと皿で食べるのは斬新に思えるが「魚と肉の要素を合わせることは世界中の料理で見られます。日本でも昔から牛丼や肉じゃがにはカツオ出汁など、特に家庭や地方料理では普通にされてきた。枠を一旦取り除き、柔軟に」と石井さん。器はときと命名の一つの根源である“とき色”をデザイン化し、西国立の土を使った“日の出鉢”。
メジマグロは藁焼きで表面だけ火を入れる。
日本の宝
出汁の素材は昆布と麹熟成生ハム、具材にはアコウ(キジハタ)と蛤を入れた。「元々はロンドン時代に鰹節が手に入らないことがあり、他の食材で美味しい出汁が取れないかと研究したのがきっかけです。鰹節と昆布にこだわらず、色んな食材の組み合わせを試してみて、当時はイベリコ豚の生ハムに行きついた。今日は昆布と生ハムのうま味を、蛤のうま味で繋ぎ合わせてみました」と石井さん。

石井 義典 いしい よしのり
1971年、埼玉県生まれ。幼少期から絵画や料理に感心を持つ。大阪あべの辻調理師学校卒業後、「京都吉兆」嵐山本店へ。9年間修業し副料理長に昇格。1999年から海外へ渡り、ジュネーブやNYで
国連大使公邸料理長を歴任。2010年にロンドン「UMU」2代目総料理長。欧州の日本料理店で初めてミシュラン2つ星獲得後、5年間維持。「ときと」ではプロデューサー兼総料理長。

オーベルジュ ときと
東京都立川市錦町一丁目24番地26
TEL 042-525-8888(9:00~22:00)
第2・第4火曜休み
※完全予約制。食房の営業時間、宿泊を含めた予約方法などは公式HPをチェック。
https://www.aubergetokito.com

ロバート キャンベル
日本文学研究者、早稲田大学特命教授。専門は近世・近代日本文学。ニューヨーク市に生まれ、1985年に九州大学文学部研究生として来日した。同学部専任講師や国文学研究資料館助教授を経て、2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年から同研究科教授。17年、国文学研究資料館館長を経て現職。テレビでのMCやニュースコメンテーター、新聞や雑誌への寄稿、書評、ラジオ番組の企画出演など、活動は多岐に渡る。

text: Robert Campbell photo: Tomoko Osada

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