世界の第一線で活躍する、今、注目のシェフたち。彼らもまた様々なものを受け継いでいる。それは伝統であったり、文化であったり、レシピであったり…。これからの料理界を担うシェフたちが、それをどう未来へ繋いでいくか。ひと皿の料理で表現してもらった。
「元々のタイ料理は、高山に自生する植物がベースになった料理です。それが、他の東南アジアとの貿易ルートを通し、スパイスと発酵の技術が時間をかけて料理に導入され、辛味、甘味、塩味、酸味、苦味、刺激といった、タイ料理の味のバランスが完成しました。タイ料理はタイ全土の王族や貴族、富裕層の間で、1870-1930年にピークを迎えたと考えられます。民主主義体制に移る前のこの時期、こういった人々は工芸品を作るように、その家だけの芸術的なレシピを生み出したのです。私がインスピレーションを得るのは、この時期のタイ料理です。私は両親が営む小さなカレー店で育ちました。私たちは、カレーに20種類もの異なったハーブや、うま味を出すペーストを使ったものです。ですから店を「ペースト」と名付けました。私の料理は全て、伝統料理に基づいています。歴史のない料理は、魂のない料理だと思っています。オリジナルを保ちつつ、その2割を近代化すること、さらにタイ北部のジャングルで採集活動を行い、集めた花やハーブなどを料理に取り入れています。オリジナルを生み出したシェフに敬意を持っていますし、これらの皿を通して伝えたかっただろうことを考えて自分の料理にしていきます。
これからの料理の世界に大切なのは、文化です。料理本や特定のシェフだけの影響を受けず、食べ物が由来する文化と社会環境に自分自身を重ね合わせること。文化のない食べ物は価値がありません。また、まずは伝統的な技法や文化を学ぶこと。最初から現代的な観点からアプローチすると、料理の魂が失われます。ディハイドレーターや低温調理器を使用できるからといって、どう料理をするかを理解しているわけではありません。多くの人は、ハーブのペーストを加熱しすぎますが、私は火を通しすぎず、多くの層になったハーブの香りや味が口の中で刻々と変化していく、フレッシュで生き生きした料理を作りたいと思っています。これからの料理は、調味料を控える代わりに、柑橘類、植物、ハーブなどの、自然の風味を圧倒しないうま味の組み合わせが使われるようになっていくでしょう。
「1968 年に出版された王室タイ料理の本から競想を得たこのレシピは、インドの影響を受けた、カレーと裂いた鶏肉の料理です。それを、ローストした鴨に置き換え、ナツメグをたっぷり使ったカレーペーストと和え、 ソウトゥース・コリアンダーと共にライスクラッカーの上にのせたものです。伝統的なレシピをアレンジし、ジューシーでとろける食感に仕上げた鴨とライスクラッカーの食感の対比が、口の中で強い印象を与えるように仕上げました」。
text 仲山今日子
記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。