「フォーシーズンズ・ジョルジュ・サンク・ホテル・パリ」は、フランスで最高の格付け「パラス」の称号を許されたホテルである。2016年、そのメインダイニング「ル・サンク」が、10年ぶりにミシュラン二ツ星から三ツ星に返り咲いた。
その立役者はクリスチャン・ル=スケールさん、54歳。由緒あるレストラン「ルドワイヤン」のシェフとして、12年にわたって三ツ星を守り続けてきたグラン・シェフだ。
2014年、経営者が変わったのを機に、「フォーシーズンズ・ジョルジュ・サンク・ホテル・パリ」の総料理長に移り、就任後わずか1年で三ツ星を獲得。フランスの料理雑誌「ル・シェフ」では、6000人以上のシェフが投票した2016年を代表する「今年のシェフ」にも選ばれた。翌2017年も三ツ星を獲得
し、「ル・サンク」は2年連続でミシュラン最高位を守っている。
一方で、ル=スケールさんは20年以上、子どもたちの味覚教育に取り組んできた。フランスでは26年にわたり、官民一体となって食育イベント「味覚の一週間」を実施しており、2011年からは日本でも、それが本格的に始まった。2016年10月、イベントのメインとなる「味覚の授業」の講師として来日したル=スケールさんに、食育のこと、そして星を獲得し続けられる理由などについて聞いた。
──「味覚の授業」は大好評でした。日本の子どもたちにすばらしい授業をしていただき、心からお礼申し上げます。
私は家庭料理も大好きなんです。今回は、子どもたちと一緒に様々なガレットを作りました。びっくりするくらい日本の子どもたちは行儀が良く、料理にも興味を持ってくれて、大変いい授業ができました。
──子どもたちは、どんなことに興味を持ちましたか?
授業では、「甘い」「しょっぱい」「すっぱい」「苦い」という食べ物が持つ4つの味を、五感を使って体験させ、食に興味を持ってもらおうとしました。子どもたちはみんな、食べ物の話が大好きですね。特に味の組み合わせは面白いようで、夢中になっていました。
──みんな瞳がキラキラして。印象に残っている授業はありますか?
料理専門学校の生徒さんたちに授業をする機会もあり、スズキのソテーに、私の生まれ故郷であるブルターニュ伝統の発酵乳レ・リボを泡立てて作ったソースと、ニシンの卵(本来は、キャビアを使う)を合わせた料理を作りました。魚はちょっと生臭い。ソースの甘酸っぱい香りとの組み合わせが、豊かな味わいを生み出す。それにものすごく興味を示していたのが印象的でしたね。
──未来の料理人たちにとって、貴重な経験だったと思います。
調理のテクニックはみなさん上手です。しかし、すばらしい料理人になるには、オリジナリティを出すことが重要なんです。それには、どの味やどの香りを組み合わせ、自らイメージしたものをどのように作り上げていくか、ということが必要になる。生徒さんたちには、そういうことを考えながら料理を作ってくださいと伝えました。
──まさに、絶賛されるル=スケールさんのソースがそうですね。
私が評価していただいているの、味と味、香りと香りを組み合わせるのが得意だからだと思っています。素材の持ついろいろな要素を組み合わせて面白いものを作り、そこに自分の愛や思いを込める。香水を作る調香師のような感性こそ、現代のグラン・シェフに求められる条件だと思います。
──そのために工夫されていることはありますか?
「ル・サンク」の厨房には、味見専門の係を置き、毎朝届けられる野菜など食材の香り、味のすべてをチェックしてもらっています。そうです。シェフもファッションデザイナーのように、自分のスタイルを持つと同時に、新しい料理を出し続けなくてはいけません。「ル・サンク」でもっとも気をつけているのは、現代性、あるいは今日性をどう皿の上に表現するかということです。毎日届く食材のちょっとした味の変化を把握すること。食材は、いつも同じ味ではありませんからね。
これとこれを組み合わせて、ちょっと違うニュアンスにしよう、という「その瞬間の料理」をしようとするためには、毎日のチェックは不可欠なことなのです。
──2つの店で14年も三ツ星を獲り続けられた理由は、そこにあるんですね。しかし2年前に突然、「ルドワイヤン」から「ル・サンク」に移られた時は、衝撃を受けました。
「ルドワイヤン」はパリ市が所有する歴史ある建造物で、改装するには莫大な費用がかかります。残念ながら私にはそれを解決できる力がなかった。「フォーシーズンズ・ジョルジュ・サンク・ホテル・パリ」から、総料理長として来てほしいと強く懇願されていたこともあり、店を移ることに決めたのです。
──1年で、再び三ツ星を獲得されたことにも驚かされました。
じつは私も驚いたのですが、「ル・サンク」へ移る時、渡された契約書に、「三ツ星にする」という項目が書かれていたんです(笑)。ですからどうしても三ツ星を獲らなくてはいけなかったわけです。
──とはいえ、容易なことではありませんよね。どうやって高い壁を乗り越えられたのですか?
味や香りの組み合わせには、これまでより神経を注いでいます。しかしそれ以上に気を遣ったのは、マスコミとの付き合い方です。以前は、ほとんど雑誌やテレビに出ることはありませんでしたが、考え方を変え、いろんな場に出て行くことにしました。今ではコミュニケーションが得意なスターシェフです(笑)。
──調理の職人というイメージから、ずいぶん変わりましたね。
パリのイメージにふさわしい、贅沢で優雅なシェフでしょうか(笑)。それは冗談ですが、あるジャーナリストが私のことを銘醸ワインにたとえて評しました。グラン・シェフであるには、ロマネコンティのように、寝かすほどに熟成しておいしくなる、豊かな人間性もなければならない、と。自分もそんな風になってい
きたいと思っています。
──一方で、現代的でありながらフランス料理の伝統ははずさない。それは変わりませんね。
フランス料理のシェフにとって重要なのは、いいソースを作ることであると習いました。最近は料理もグローバル化し、伝統からはずれたフランス料理が増えているようですが、素材に応じて火入れを選び、それにぴったりのソースを合わせることがフランス料理だと思います。そこは変えません。私は自分のことを、伝統と文化を守り伝える「フランス料理のアンバサダー(大使)」であると自負しています。
──ル=スケールさんのような、ソースが上手なシェフになるにはどうしたらいいのでしょう。
たくさん仕事をして、勉強をすることです。
10年すれば、優れたテクニックを持つ調理人になれますが、それだけでは心に響く料理は作れません。私は舌をトレーニングし、プラスアルファの感性を磨いてきました。いまだに、いろんな味や香りを体験し、訓練しています。
──だからこそ、感性を刺激する料理が生まれるんですね。
音楽や絵画のように料理もまた、自分が見つけた味の表現でなければいけません。そして、常に時代を考え、その先端であることを自らに課しています。シェフを目指すなら、誰かの真似ではなく、自分自身であること、自分を持つこと、が大切なことです。
──深みのある貴重なお話をありがとうございました。
Christian Le Squer
1962年、フランス・ブルターニュ生まれ。パリの老舗レストラン「ルドワイヤン」のシェフとして12年間三ツ星を獲得。2014年10月からパリのパラスホテル「フォーシーズンズ・ジョルジュ・サンク・ホテル・パリ」の「ル・サンク」総理長に就任。二ツ星を、16
年に三ツ星に。1995年より子どもたちの味覚教育にも積極的に取り組んでいる。
Le Cinq
ル・サンク
Four Seasons Hôtel George V, Paris31, avenue George V 75008 Paris
☎+33 (0)1 49 52 71 54
● 7:00~10:00(土日は~10:30)
12:30~14:30、19:00~22:00
●コース 昼145€~、夜310€~
www.restaurant-lecinq.com
民輪めぐみ=インタビュー 御門あい=構成 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国273号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は273号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。