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【コラム】羊と日本人#4 今、第3次羊肉ブームがきている!


第一回:羊はどこから来たのか?はこちらから
    (https://cuisine-kingdom.com/colum-sheep1/
第二回:明治維新富国強兵と羊
    (https://cuisine-kingdom.com/colum-sheep2/
第三回:羊毛から食肉への移行そして輸入自由化へ。
    (https://cuisine-kingdom.com/colum-sheep3/

前回は、令和まで続く羊の流れでしたが、今回はすごいよく聞かれる「羊ブーム」についてのお話。このブームの分類結構以前に受けた取材でライターさんと話してまとめた気もするのですが、誰かから聞いた事を整理して話した気もするので、元の話を知りたいところですが、きちりと自分なりにまとめてみました。羊ブームと言いつつ、実はブームとくくれるものではなかったりするのです。それでは、4回目スタートです。

令和まで続く、3期にわけた羊肉の盛り上がり

羊肉を第一次ブーム、第二次ブーム、第三次ブームと分けて話すのは、もしかしたら私が以前雑誌社と企画のブレストで、編集的に話しているうちにそうまとまってしまった気がしており(もしかしたら何かで読んだものかも)、最近ジャーナリストの方も「羊の第二次ブームは……」などと記事を書き始めており、そこまで考えないで話し始めたことなので非常に責任を感じています(どこかで読んだものなら、感じ損)。そこで、このあたり、今まで話したことを元にまとめてみます。あくまでざっくりとした流れで、資料に基づいている部分もありますが肉屋さん・羊飼い・流通業の方・先生・お店の方・一般消費者など、ここ8年ぐらい多くの人の話などを元に感覚的に理解していることもあるので、学術論的なものではなく、あくまで主観的な要約として見て頂ければと思います。

【第一次ブーム】 北海道からジンギスカン認知拡大

昭和37年の羊肉の輸入自由化で安価な冷凍肉が日本に輸入されます。この時期、北海道に検疫所があった関係と、もともと羊肉を食べる習慣が地元にあったので、羊肉は主に北海道へ送られていました。この当時、畜肉の中では羊肉が最も安かったのです。そして、かの有名なサッポロビール園が時を同じくしてオープン(昭和41年)。生ビール飲み放題・ジンギスカン食べ放題で1000円。まだまだ食肉の価値が高かったこの時期に、この価格は衝撃的だったでしょう。そして、この時期は空前の北海道観光ブーム。多くの日本人が北海道でジンギスカンを食べ「北海道名物にジンギスカンがある」と認知が広まり、羊肉を食べなかった日本人の間に、ジンギスカンという羊料理の名前が広く広がったのです。ちなみにこれはブームといっていますが、認知の拡大ですので終焉などはありません。あくまで、ブームという俗っぽい分類で分けているだけです。

▲1952年オープンのジンギスカン店。初期のジンギスカンの面影を残します。


【第二次ブーム】 企業主導ジンギスカンブーム

こちらはわかりやすいブームで、大体2004年ぐらいからスタートしました。BSE(狂牛病)問題でBSE発生国の牛肉の輸入が止まり、全国の焼肉店が大パニックになりました。七輪やコンロ、焼き台はあるのに提供していた牛肉が手に入らない!そこで注目されたのが焼肉とオペレーションが同じジンギスカンです。そこで全国の焼肉店が一気にジンギスカン店に看板を変え、またその流れにあやかろうと多くの企業がジンギスカン店をオープンさせました。この時の羊肉は、牛肉の代替肉として人身御供よろしく期せずしていきなり注目されました。つまり外食業界が意図的に世間に羊肉を注目させた企業主導のブームです。この頃は羊肉といってもあまりイメージがつきにくかったので、羊肉ではなく「ジンギスカンブーム」として広がっていきました。

毎日メディアでジンギスカンが取り上げられ、店舗数も激増しました。しかし、牛肉の輸入が再開し羊肉をPRする理由がなくなった途端、一気に熱も冷め激増したジンギスカンのお店も軒並みクローズしていきました。このブームは流行っているからと適当な羊肉料理を出し、羊嫌いを量産してしまった側面もありますが、ブーム前と比べてジンギスカン店が終了後も一定数を維持し、マイナーな料理だったジンギスカンを聞いたことがあるものにした功績は大きいと思います。このときオープンし未だに営業している名店も結構あります。また、このとき話題となった「Lカルニチンで太らない!」的な切り口も古くて煙もくもくというおじさんの食べ物だったジンギスカンを女性まで広めた機会でした。

今までとは違う第3次羊肉ブーム到来!

【第三次ブーム】 需要が興す供給底上げ型羊肉ブーム

▲ジンギスカンだけではなく、網焼きなど羊の食べ方も多様化。

これは現代まで続いている流れで、非常に面白いと思うブームです。だいたい2014年の未年からスタートし2020年の頭にかけて大きく発展しましたが、新型コロナウイルス感染症予防の活動自粛により足踏みをしているという状況です。

まず、基本ラム肉業界では積極的にメディア戦略を打っている大手企業はありません。今回「第三次」と呼ばれているブームは「企業→広告代理店→メディア→消費者」の流れが成立していません。お店やイベントのPRなどはたまにあるようですが、全体として予算を投下しているところは知る限り無いので、自然に消費者の中から発生したブームであるといえます。

ポイントを上げると、

  • 企業主導ではなく、消費者が羊肉に慣れて羊肉を食べるようになったことからはじまった。(ジビエ、熟成肉、赤肉ブームなどで日本人の食肉の選択肢が広がったともいえる)
  • スーパーでの取り扱いの増加。
  • グローバル化による様々な国の料理が食べられるようになった。
  • 臭い硬い安いというイメージを持たない層の成人化。
  • チルドラムの普及。
  • 輸入国の増加。
  • 羊の扱いに慣れたシェフの増加。

詳しく説明すると……消費者が羊肉を食べる機会が増える(上記のポイント参照)、お店側がそれに反応し羊を扱う店がジワリと増える、それに注目しメディアなどが取り上げるようになる、それを見て企業などが反応しだす、消費者ももちろん反応しだす。スーパーなども注目し取り扱いが増える(2015年にある流通グループが羊の売り場を2倍に増やすとリリースを出してから量販業界は加速)。消費者が目にする機会が益々増える。輸入解禁になった各国がこの流れを見て日本へ羊肉をさらに売り込み始める。メディアがそれを取り上げる。それを見て消費者やお店が益々興味を持つ……という流れが同時多発的に起き、一言で「これが原因」とはいいにくい、PRしたから広まった的なことではない、質実剛健なブームとなっています。認知が上がりじわりと広まった一連の流れを、わかりやすく「ブーム」とつけているだけだともいえます。

今までの長い間、業界の各場所で羊愛(本当に、羊業界は愛が深い人が多い)を語る人たちの努力がここに来て一気に花開いた形です。それは羊肉の消費量のグラフを見ていただいても明らかです。

輸入食品監視統計(厚生労働省)

また実感としても5年ぐらい前までは「羊の普及活動をやっている」と話すと、珍妙な事をやっているな……と思われていましたが、現在は「美味しいお店はどこですか?」と聞かれることが多くなっています。これを見ても隔世の感があります。

ちなみに、輸入国の増加は2017年にフランス産の解禁から始まり、アメリカ、ウエールズ、アルゼンチンと輸入国が増加しました。それは、日本では羊肉は海外から入れるものという前提があり(関税ゼロ%なのです)、農業協定などの国際交渉の際に気軽に輸入を認めるからです。その背景には、日本国内での羊農家の数も少なく、輸入解禁になっても問題にならないというのもあるのかと感じています。

羊肉という“素材”がブームになるという珍しいパターン。

取り扱う部位も劇的に増え消費者の選択肢も思いっきり広がった。

このブームの面白いところは、味や料理ではなく「素材」がブームになっている所です。第二次のブームが「ジンギスカン」という料理に絞られていたのとはかなり違います。なので、第二次は「ジンギスカン」という料理のブームです。そうすると、無理にまとめていますが第一次は「ジンギスカンの認知拡大」、第二次は「ジンギスカンブーム」なので、1次と2次と3次には関連性がない……とも言えなくはないのです。

閑話休題。普通ブームとは料理や味が一般的でわかりやすいのです。タピオカなどは非常にわかりやすかったと思います。素材であり肉の種類単体のブームは今までなかったのではないでしょうか??

長くなりましたが、これが、今回のブームの特徴で消費者から自然発生的に広まったブームです。SNSの力などが大きく影響したことも見逃せません。

■次回は・・・・

ものすごく長い回になってしまいましたがいよいよ次回が最終回!第三次ブームのその後という事で、今の羊肉の流れをまとめています。コロナによって足踏みした羊肉の流れはどうなっているのか??乞うご期待です!

■巻末付録 近代の羊肉の動き 年表

  • 1868 明治維新以降 明治政府は「綿羊飼養奨励」政策
  • 1894-95 日清戦争
  • 1904-05 日露戦争
  • 1908 月寒種牧場に於いて綿羊の飼養を始める 政府「綿羊100万頭計画」:熊本・北条・友部・月寒・滝川の5ヶ所に種羊牧場開設
  • 1914-18 第一次大戦
  • 1922 政府が羊肉商に補助金交付
  • 1924 東京・福岡・熊本・札幌の4食肉商を「指定食肉商」に
  • 1929 世界恐慌勃発により計画中止
  • 1928~29 農林省が全国で羊肉料理講習会を開催
  • 1930 満州事変
  • 1936 日豪紛争*により豪州からの輸入停止 政府は満州での羊毛増産図る
  • 1939 羊毛供出割り当開始
  • 1941-45 第2次世界大戦
  • 1950 朝鮮戦争による羊毛需要の綿羊飼養熱低下
  • 1957 食肉加工品の原料として使用 需要は10万頭/年に増加
  • 1960 ジンギスカンとしての需要が始まる 国産羊肉生産量が過去最高の2,712トンを記録
  • 1962 羊毛の輸入自由化により 綿羊の飼養頭数は減少
  • 1977 この頃から使用目的が羊毛生産から羊肉生産に転化

提供:東洋肉店(URL:http://www.29notoyo.co.jp/

※参考資料など※

国立歴史民俗博物館研究部民族研究系の川村清志先生の公演時の小冊子、畜産技術協会のHP(http://jlta.lin.gr.jp/)また、魚柄仁之助さんの「刺し身とジンギスカン: 捏造と熱望の日本食」、MLA豪州食肉家畜生産者事業団(http://aussielamb.jp/)、ジンギスカン応援隊(http://hokkaido-jingisukan.com/)綿羊会館が以前に出し、担当者さんから頂いたた資料、Wikipediの羊の項目、探検コム(https://tanken.com/)さん、を参考にしています。その他、各輸入商社さんや大使館などが出しているパンフレット情報などが参考になっています。古典解釈は小笠原強(専修大学文学部助教)先生にご協力いただきました。また、東洋肉店(http://www.29notoyo.co.jp/)さん初め多くの方に内容を確認いただきました。その他、羊飼いさんから聞いた話、羊仲間たちからの知識、どっかで読んだ知識などがまとまっています。羊に関わる皆様の知識を素人まとめさせてもらいました。皆さまありがとうございました!


文:菊池 一弘

株式会社場創総合研究所代表取締役。羊好きの消費者団体羊齧協会主席。羊を常食とする地域で育ち、中国留学時にイスラム系民族の居住区に住んでいたことなどから、20代前半まで羊は世界の常識と思ってそだつ。本業は「人を集める事」企画から集客、交渉や紹介など。公的団体の仕事から、個人までできる事なら何でもやるスタンス。最近は四川フェスの運営団体麻辣連盟の幹事長も兼務。監修書籍に「東京ラムストーリー(実業之日本社)」「家庭で作るおいしい羊肉料理(講談社)」がある。

校正とイラスト 金城 勇樹


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