かつて年間500食ものカレーを食べ歩いていたという「カレーのOS」水野仁輔。しかし食べ歩きをやめてから早7 年。今でも定期的に訪れているのは、5 軒のカレー専門店だけだという。
どうして食べ歩きをやめたのか? なぜその店なのか?
そんな問いに対して「今でも通っている5 軒は、日本のオリジナルのカレーの姿を確認できる店だからです」と水野氏。今回の取材をとおしてそれぞれの店主に話を聞くと、「カレーのOS」水野仁輔のカレーに対する向き合い方が見えてきた。
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神宮前の名店「GHEE(ギー)」で腕を振るっていた赤出川 治氏が2016年に出店した「ブレイクス」では、GHEE時代からのレシピである「キーマカレー」を注文する。ドライなタイプのキーマカレーだ。店主の赤出川氏は「毎日食べてもらえるカレーだね。コクはあるけど、さっぱり。僕はラーメンでもなんでも、こってりは得意じゃないんで」と自らのカレーについて語る。
最後は「共栄堂」。創業は1924年にまでさかのぼる。ここのカレーは独特の苦みがあり、それがくせになるのだが、好き嫌いもわかれる。ここでは「カレーのOS」は定番の「ポークカレー」を選択。ほかのカレーのベースとなる基本メニューである。「ここのカレーは本当に唯一無二。ほかに見当たらない」と舌を巻く。
共栄堂
東京都千代田区神田神保町1-6 サンビルB1
TEL 03-3291-1475
11:00~19:45 L.O
日休(祝日は不定休)
「カレーのOS」が5店で注文するカレーを簡単に紹介したが、すでにお気づきのとおり、以下の共通点を見出すことができる。「滋味深い味わいで毎日でも食べられる」「日本人の舌に合う」「その店でしか食べられない」。
「カレーのOS」は5軒のカレーを称して「枯れたカレー」というフレーズをたびたび使う。思わずクスッと笑ってしまったが、すごく的を射た表現だと思った。ギラギラしたところがなく、しみじみおいしい。これこそが、老舗のなせる業なのだろう。「カレーのOS」として将来的に完成させたいとする「水野カレー」も、枯れたカレーになるにちがいない。
さあ、これで「カレーのOS」が求めるカレーの味わいの傾向は理解いただけただろうが、これで話は終わらない。むしろ大事なのは、ここからかもしれない。「結局、カレーの味は好みだと思うのですが、でもこの5軒には好みを超えたリスペクトを持っています。それは長く続けることのすばらしさです。“LEVI’Sの501”みたいな定番のよさ。いや、ボブ・ディランのようなまわりに流されない魅力といえばいいのかな(笑)」
もうすぐ創業100年を迎える共栄堂を筆頭にこの5軒(5人)のキャリアはとてつもなく長い。この間、絶え間ない努力を続けてきた。そして、今も。ピキヌーの山口氏は奥さんと一緒に毎年タイに行っては研鑽を積み、デリーの田中源吾氏は社長みずからブログをほぼ毎日更新し続ける。「カレーのOS」水野仁輔は彼らに対して深い尊敬の念を抱いているのだ。
「そうなんです。5軒のカレーはもちろん好きですが、本当のことを言えば、店主と話をしに行っているようなものなんです」と打ち明けてくれた。
迎える店主も「水野仁輔」のことを語るときはみな一様に嬉しそうであり、饒舌になる。「あの人はね、本当にカレーが好きなんですよ。それでいて偏見というものがない」とデリーの田中社長がいえば、「カレーに対して真摯に取り組んでいるからね」と共栄堂の宮川泰久氏も続ける。赤出川氏も「カレーの世界の発展に貢献されていると思いますよ」と言いながら全幅の信頼を寄せている様子だった。ピキヌーの山口氏は「水野仁輔」とは「カレーの過去も未来も熱心に研究しているプロフェッサー」と表現した。若いときから謙虚に、かつ情熱的にカレーに向き合い、それによって強固な信頼関係を店主と築けてきたことがうかがえる。
名店の店主と「カレーのOS」水野仁輔が交わす会話は多岐にわたるそうだが、少なくとも店のレシピについて聞くことはない。「好きなカレーは、その店で食べるのがいちばんいい」―― これがモットーであるからだ。
ここまで読んでいただければ、「カレーの OS」がこの5軒になぜ通い続けるのか、わかっていただけただろう。今回の取材をとおして話をうかがった店主は謙虚、勤勉であり、一本筋がとおっている。「店主の人柄がカレーにも表れている」なんていうと、陳腐に聞こえるかもしれないが、そう思ってしまったのだから仕方がない。
text 石田哲大 photo sono bean、鈴木泰介
記事は雑誌料理王国第310号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第310号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。