「ドンチッチョ」に行くときは、メンバーを厳選する。食べることが好きで、呑兵衛は当然で、よく笑いしゃべるのだが、聞き上手でもある仲間を誘う。できれば、ちょいとスケベな話もできる奴がいいな。
この店では、大いにしゃべり、食べたくなる。集まる人たちも、いかにも遊び慣れて、食べこんできたお客さんたちが多く、毎夜、彼らの喋り声や笑い声が、響き渡る。
彼らは、人生における食事の大切さを知っている。だからこそ食べることに真剣であり、醸し出す空気が、腹が空かせ、酒を飲ませる。人生って悪くないじゃないか、そう思える、トラットリアである。
料理はシチリアの料理。派手さはないが、郷土料理の温もりと力強さを盛り込んだ料理である。よく炒めたタマネギを魚の下に敷き詰めて、ローズマリーをのせてローストした、イサキやキンキ。肉団子とパスタが口の中で踊る、ポルペッティのベスビオ。甘酸っぱさに酔う、カジキマグロのアグロ・ドルチェ。
体の芯に力をみなぎらせる料理が、活気と精力的な喋りや笑いを盛り立てる。そこを、スマートなサービスが支え、煽ってゆく。
毎夜の活気を生み出す秘密は、まだあった。天井の高さである。一般的な日本の店では、240から250センチ。しかしドンチッチョは280センチなのである。この高さが、客たちの喧噪をうるさく感じさせずに、おいしい賑わいへと変えるのである。
「前の店が低かったからね。新しい店は、何としても天井を高くしたかったんだ」。石川勉シェフは言う。天井の高い現在の物件を見つけ、空調を取り付ける際も、可能な限り天井の高さを維持してもらったという。そして、イタリア風に太い赤松の梁を二本通した。
こうしてドンチッチョは、よく食べて飲み、愉快に過ごすお客さんたちにとって、より居心地のいい空間となり、必然的に質の高いお客さんが集まってくることとなった。
実はまだ秘密がある。壁の色と間接照明である。この色を出すべく、何回も業者とやり取りしたという壁は、シチリアの店ではよく使われるという、黄色がかったオレンジ色に塗られている。そして照明は、壁に反射させるように配置をした。
我々人間の目を通すと、料理がおいしそうに映えるのだが、そのまま写真で撮ると黄色がかかり、見た目通りの色彩が出ない。そんな灯りである。
しかし、やわらかな灯りに包まれた空間は、暖かみが増し、我々の心を座らせる。同時に、非現実感を演出して、気分を高揚させる。
「レストランは、非日常感が大事だからね」。そう石川シェフは言って、人懐こい笑顔になった。
この店を愛す常連たちは、銘々好きな席を指定して予約するという。彼らは、ドンチッチョという舞台に身をゆだね、自らが輝かせてもらうことを、なによりも知っているのである。
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京食のお作法』(文芸春秋)、『ポテサラ酒場』(監修、辰巳出版)。写真右が著者、左は石川シェフ。
トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ
Trattoria Siciliana Don Ciccio
東京都渋谷区渋谷2-3-6
03-3498-1828
絵鳩正志=撮影
本記事は雑誌料理王国2018年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年6月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。