大西洋に面し、ピレネー山麓に広がるバスク地方は、独自の言語を持ち、豊かな緑と水に恵まれ、バスクならではの食文化を育んできた。ミシュランの星付きレストランがひしめき、「美食の地」として世界中から熱い視線を浴びているが、なかでも最も注目を集めている店の一つが、ビルバオ郊外にある「アスルメンディ」だ。オーナーは地元出身の若手シェフ、エネコ・アチャ・アスルメンディさん。2012年、35歳でスペイン最年少ミシュラン三ツ星シェフになった。自然と共生するエコシステムを実践し、「世界で最も持続可能性の高いレストラン」にも選ばれた。
2017年9月、東京・六本木に、エネコさんのエスプリを体現する「ENEKO Tokyo エネコ東京」がオープン。来日したエネコさんに、バスク人としての料理哲学を聞いた。
──海外出店はロンドンに続いて2軒目ですね。なぜ、日本を選ばれたのですか?
直接的な理由は、プリオコーポレーションさんとの偶然の、幸せ出会いです。次に出店するなら特別なところにと考えて探していたら、プリオさんがバスクの店に来てくださって、新たなレストランの出店を考えていることを知ったんです。
トマトにウォッカをミックスして作った雲丹の冷製スープに雲丹を浮かべた「海のブラッディーマリー」。質感の異なる雲丹が同時に味わえるこの皿は、同じ素材を違う調理法で組み合わせ、凝縮させていただくバスク料理の伝統に基づく。
──日本ではまだ少ないバスク料理を供することに、迷いはなかったんですか?
日本へは12年前に来たことがあって、それ以来、この国と人々が大好きになりました。その時の印象が強く、日本は私にとって特別な地になったんです。ですから今回は、とてもシンプルに物事が進みました。
──12年前の日本の印象は?
「菊乃井」の村田𠮷弘さんに、ぜひ京都にいらっしゃいと誘われて、疑うことなく京都へ向かいました(笑)。1カ月ほど滞在して様々な日本文化を学ばせてもらいました。
──具体的にはどのようなことを学んだんですか?
てんぷらや寿司から神戸牛まで、調理法などのノウハウはもちろんですが、あるシェフに「レッスンをしましょう」といわれ、朝6時にどこかへ連れて行かれたんです。そこはキッチンではなく農家でした。お茶を飲みながら、次の1カ月はこういう天気だからこういう野菜が提供できるとか、こういうメニューにした方がいい、いった会話をするんです。その時、メニューを決めているのはシェフではなく農家の人だ、ネイチャーだ、とすごくインパクトを受けました。日本の食文化の奥深さに深く感銘し、私にとって強いインスピレーションになりました。
──最初に、そのような形で、京都で日本の文化を体験していただいたのは嬉しいですね。
日本人とバスク人は、共通点が非常に多いと感じています。どちらも四季を持ち、四季折々の食べ物に恵まれている。豊かな食文化が根付いている。例えば自然や食に対して敬意を払い、ガストロノミーが大好きなところも似ていると思います。
トリュフ卵
卵黄にトリュフエキスを注入した、エネコさんの代表的なスペシャリテ。スプーンに乗ったひと口料理は、温かくふわっとした卵黄とトリュフの濃厚な香りが口の中で溶け合い、その味わいはシンプルながらも強く印象に残る。
──新しい調理方法や素材を駆使しながら、伝統的なバスク料理にこだわるのはなぜですか?
私がバスク人だからです。バスク料理には、バスク人の歴史や文化が詰まっていて、それらすべてを表現することもできる。僕は、歴史よりも食べ物やガストロノミーを勉強した方が、バスクのことをよく理解できると思います。
──エネコさんが考えるバスク料理とはどういうものですか?
ひと口でバスク地方の文化を感じることができる料理です。そのひと口にバスク文化が存在していることに気づいてもらうこともまた、私が料理をする目的でもあります。
──例えば、代表的なひと皿「トリュフ卵」には、どんなバスクが込められているのでしょうか。
古くからバスクでは、卵や米と一緒にトリュフを冷蔵庫に入れて、その香りを食材に移して料理する習慣があります。しかし、長時間置くので卵の鮮度が失われてしまう。そこで、卵の黄身を取り出して直接トリュフを入れることを思いついたんです。そうすればトリュフの高い香りが味わえ、卵も新鮮です。
──いただいたどの料理にも、おいしさが凝縮されていました。
ありがとうございます。味が濃いのがバスク料理の特徴ですが、僕は、地元でポピュラーな牡蠣も、それだけで食べるのではなく、必ずエマルション(混じり合わない液体)などと合わせます。同じ素材を色々な調理法で組み合わせ、その味を凝縮させて味わって欲しいんです。
──斬新な料理の中にも、バスクの暮らしや伝統が生きているんですね。店の象徴的なメニュー「ピクニック」もそうですか?
バスクではよくピクニックをしに山に登ります。私のレストランは丘の上にあるので、建物内にも自然を取り入れ、ピクニックをやろうと思いたちまし(笑)。食事はまず、食前酒チャコリと一緒にピンチョスのようなひと口サイズの料理を楽しんでいただくことからスタートします。世界中から来てくださるお客さまに、私たちの豊かな自然や環境、文化を伝えたくて始めた「アスルメンディ」独自のスタイルです。私の料理にはすべて、バスク人のルーツがベースにあります。
苺、ヨーグルト、バラ
苺のコンポートとフランボワーズのシフォンケーキにヨーグルトのメレンゲとシャーベットを添えた。苺のエスプーマ(泡)を浮かべた苺のスープをグラスで。苺の魅力を存分に引き出している。
──シェフになることは小さい頃からの夢だったんですか?
いいえ。食べることは好きで、母や祖母の食事の手伝いもよくしていました。けれど、自分で料理をするとは思ってもいませんでした。
──いつからこの道に進もうと?
14、15歳の頃です。人生で何をやろうかと考えた時に、料理人の仕事は面白そうだと興味を持ちました。母から「大学はどうするの?」と聞かれるたびに、「大学へは行きません。料理専門学校へ行きます」と答えていましたね。
──まったく異なるレストランで修業されていますよね。それも今を代表する「マルティン・ベラサテギ」、「ムガリッツ」、「アサドール・エチェバリ」とバスクの名店ばかり。
そうですね。代表的なレストラン以外にも、バルでも働きましたし、意識していろんな店を回りました。
──それぞれから得たことは?
ベラサテギさんからは仕事への情熱を、ムガリッツさんからは考えることの大切さを、エチェバリさんにはプリミティブな料理を繊細で優雅に仕上げる技術を学びました。
──エネコさんの料理、レストランには、それらすべてが融合しているように感じます。
自分のオリジナリティは、個性の違うところで学んだおかげで作られたと思います。
──27歳で自分のレストランを持ち、若くして成功されましたが、なぜ成功できたのか、またそのことをどう感じていますか?
本当のことを言うとよくわかりません。店を開くと、修業していたレストランのお客さまが次々に来てくださって、国外からのお客さまも増えたように思います。ありがたいことですが、いつもいっぱいで、当初は時間にも自分にも余裕がなく、死にそうでした(笑)。店を持つには早すぎたのかもしれませんね。
──大切にしている店のコンセプトは何ですか?
お客さまを満足させること。具体的にはお客さまが今まで持っていないもの、新しい経験を与えることです。例えば、レストランに訪れるお客さまの多くは、バスクについてあまり知識がありませんので、独自の食材や料理を通して、バスクの文化、物語を食べていただく。それは昔から変わりません。
──最後に、料理人として最も大事にしていること、若い料理人へのメッセージをお聞かせください。
最も大事にしているのは味です。いい料理には食材、料理法、技術、機具、テクノロジー、アイデアのすべてが揃わなくてはいけません。ただ、それは手段でしかない。それを味に昇華しないといけないと思います。若い料理人のみなさんの心に留めておいて欲しいのは、自分がどこから来ているのかを自覚すること。
そして成功で得た評価は、自分をよく見せるためでなく、持続の可能性、連体制、健康のために使わなくてはいけないということです。
──エネコさんが世界の人々を魅了する理由の一端がわかった気がします。ありがとうございました。
1977年、スペイン・バスク州生まれ。ホテル学校で料理を学び、「アサドール・エチェバリ」、「マルティン・ベラサテギ」、「ムガリッツ」など、数々の名店で働く。2002年、第3回スペイン若手料理人選手権で優勝。2005年に故郷ビスカヤ県に「アスルメンディ」を開く。07年、エウスカディ賞のレストラン部門を受賞。14年には「世界のトップ100レストラン」で第7位に選ばれ、年々順位を上げ2012年にミシュランの三ツ星を獲得、三ツ星を保持し続ける。17年、東京・六本木に「ENEKO Tokyo」をオープン。
Azurmendi
アスルメンディ
Barrio Legina s/n (48195) Larrabetzu
(Bizkaia)
☎+34 94 455 83 59
● 13:00~15:15、20:30~22:15(金土のみ)
● 月休
●コ ース €180
https://azurmendi.restaurant/en/
ENEKO Tokyo
エネコ東京
東京都港区西麻布3-16-28TOKI-ON西麻布3-16-28. Nishi-azabu, Minato-ku, Tokyo
☎03-3475-4122
● 12:00~15:00(14:00LO)
18:00~22:30(20:00LO)
● 年末年始休(土日祝は要問い合わせ)
●ラ ンチ5000円~ ディナー9500円~
● 68席 https://eneko.tokyo/
民輪めぐみ=インタビュー 御門あい=構成 富貴塚悠太=撮影
本記事は雑誌料理王国283号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は283号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。