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「ティルプス」では、海外で働くシェフや他ジャンルのシェフとのコラボレーションディナーもよくやりました。相手のシェフとノリで「やります?」みたいな感じでスタートしますが、どちらかの店は休むことになり、移動や宿泊にコストがかかる。儲けを考えたらできません。
決めごとは「東京のフランス料理店とはやらない」こと。それは、それぞれの店に足を運べば済むと思ったから。SNSを使えばシェフとの事前打ち合わせはスムーズで、問題があるとするなら時差くらいです。
お客さまに喜んだり驚いてほしいという思いは、実は1割ほど。スタッフに異なる舞台のシェフと働く経験をさせたいというのが一番でした。
たとえば「アサドール・エチェバリ」の前田哲郎シェフとコラボした時のこと。「エチェバリ」といえば薪ですが、薪を焚くと煙が出て店内にニオイがつくし、ダクトに色もつく。でも、それは経験しないとわかりません。実際に薪での火入れを経験することで、「エチェバリのような店で働きたい」とか、逆に「自分には合わない」などの判断基準を持つことができます。それがオーナーとしてやってあげられることかと思います。
ボクにとっても、他ジャンルのシェフと働くことは、ペアリングやオペレーションを見つめ直す機会となりました。ペアリングではお茶やカクテルなど普段とは違うものを使うきっかけに。それがその後のイベントやアドバイザーの仕事につながるとは、まったくの予想外でしたが。
定期的に地方の生産者や職人に会いに行っています。野菜や魚、器、酒、調味料など、飲食業に必要な物を作る現場を見せてもらい作り手の話を聞くことは、大きな糧になります。修業時代のフランス滞在中も、ワインの産地はすべて訪れ、行った先々で生産者も訪問していました。
訪問先のことは、あらかじめ調べておくのが基本です。というのは、予備知識を持たずに一から話を聞くのは、時間の無駄に感じるから。
1月は西日本・九州の主要な焼き物産地を、800キロほど車を運転しながら周りました︒器の本を何冊も携帯し︑窯元の個性や特徴を頭の中にインプットしておきます。
新規出店の手伝いもしているので、紹介をして人と人をつなぐという利点もありますが、それよりも物にたくさん触れることで、選ぶ力が養われているように感じます。
実のところ、インターネットが発達する今では、現地を訪れたからといって目新しい情報はないとボクは思います。東京ではセレクトショップにすべてが揃い、現地でしか入手できないものはほとんどありません。
訪問するのにお金はかかるけれど店の売り上げが増えるわけではない、それでも異業種の方に会いに行くのは、自分の哲学を持って熱く生きる人の話を聞くことで、その物をより深く考え、より大切に思えるようになることが、飲食に携わる人間として大事だと感じるからです。
ソムリエとしてフランスに行ってるって、お客さまからするとデカイっすよね」と、後輩に言われたことがあります。でも、ボクはお客さまのためにフランスに行ったわけではなく、自己満足のためだけでした。ワイン畑を見て回っても、レベルが上がるわけではありませんし。異業種の方との交流も同じです。もっと知りたいと思うことを、もっと考えている人にぶつけに行くだけ。単純ですが、とてもおもしろいんです。
Q. 「どうしたら店のオリジナリティを出せますか?」
流行を追わないことです。自分がやりたいことをやったらいいんです。“~っぽい”ことはやめましょう。「誰かが考えたものをよりいい形にする」というのもダメです。閃いたらインターネットで検索して、似ている物がないか調べます。似た物がなければすぐに周りの人に話しましょう。なにより考え続けることです。それでもオリジナリティが出せないのは当たり前。時間がある限り、とことん考えましょう。
大橋直誉
フードキュレーター&「ティルプス」オーナー
1983年北海道生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に入社。退社後は、フランス・ボルドー二ツ星 「コルディアン・バージュ」のソムリエに。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「カンテサンス」で働いたのち、「ティルプス」を開業。世界最速でミシュラン一ツ星を獲得。 現在は、店舗にてサービスを務めながら、フードキュレーターとしても活躍する。
本記事は雑誌料理王国297号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は297号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。