シェフが知っておきたいフードテック最前線 23年10月号


食料や環境の問題などさまざまな課題解決のために生かされるフードテック。外食産業においては企業経営のチェーン店などでの導入イメージが強く、美食を追求する個店のシェフにとっては、さほど必要性を感じていないかもしれない。一方で、社会のために未来の食を考え、行動を起こしたいシェフもいる。多岐にわたるフードテックの中から、シェフたちに役立つ最新情報をお届けしよう。

フードテックとは問題解決の手段。
何を求めどう活用するかは自分次第

客席を動き回る配膳ロボットや、麺を茹でたりたこ焼きを焼いたりする調理ロボットの需要が拡大する一方、高級フランス料理店ではシェフがワンオペで営業……。この状況はいかがなものでしょうかね? 分子調理学が専門でフードテック事情に詳しい石川伸一教授にそう問いかけると、やや肩透かしの答えが返ってきた。
「ワンオペでやれているならば、その方法に価値があるのでは? より美味しくするための道具や食材への関心は強くコストをかけるが、それ以外は自分の手で済ませてしまう方が安くて早いという考えがあるのでしょう」。

そもそもフードテックが起こった背景は、世界の人口増加に伴う食料問題や気候変動、環境負荷、動物福祉、労働力不足などの深刻な社会問題の解決にある。石川教授のコメントは、「困っている事案を助けるのがフードテック」なので、事足りているのであれば無理に導入する必要もないというわけだ。

え? 本当はネコの手も借りたいくらいだが、ネコ型ロボットは店のイメージに合わない? だったら、例えば「teplo ティーポット」にお茶をまかせてみては。アプリと連動し、茶葉によって最適な温度や時間をコントロールして自動抽出。内蔵センサーにより、飲み手の脈拍や指の温度、室温など6つのデータを計測し、個人に合ったお茶を淹れる機能もあるので、堅実かつユニークなサービスとして活用できる。

日本とインドのエンジニアが開発した「teploティーポット」(株式会社LOAD&ROAD)。ハーブティーも含めた各種お茶をアプリのデータベースから選ぶと抽出テクノロジー(特許出願済)で最適に抽出。業務用もある。

思い返せば30年以上前、ネスプレッソが上陸した当初、カプセル式のコーヒーに抵抗を覚えた人が少なくはなかった。それが今日では多くのレストランやホテルで導入されている。ひょっとして数年後には高級フランス料理店でロボットソムリエがウィットに富んだ会話をしながらワインをサーブ、なんてことがないとは言い切れない。

フードテックと食文化の融合、それができるのが料理人

合理化の道具、などの社会的意義、未知なる素材への興味と挑戦、科学を応用して料理を進化させる等、フードテックの捉え方はさまざまだろう。が、例えば高齢化社会に伴い、レストランから足が遠のく顧客が増えているという状況に対し、介護食の業界で注目されている3Dフードプリンターを活用して遜色のない美食を作るとしたら、先に挙げたフードテックの要素はすべて含まれており、店と食べ手双方の問題解決になる。
「フードテックがクリエイティブの一助になるといいですね。フードテックと食文化を融合できるのが料理人だと思うので」。

世界20カ国以上で展開、「HESTAN CUE(ヘスタン キュー)」。IHヒーターと専用アプリがBluetoothで連動、ミシュラン星つきレストランのシェフや料理研究家などによるレシピ約450種類から選ぶと、加熱温度や時間を自動コントロールして理想の仕上がりに。

未知なる食を定着させるには何より美味しさが重要である

2040年、世界の食肉消費量は従来の肉が40%、大豆ミートなどの植物由来25%、培養肉35%になるという予測がアメリカで出ている。これまで代替肉は主にハンバーガーのようなカジュアルな食事に使用されてきたが、最近は日本のレストランにおいてもヴィーガンメニューなどで少しずつ取り入れられている。また、新しいタンパク質源として藻類が脚光を浴びている。
「人間は、未知なるものを忌避する傾向があります。食べ物に対しては食物新奇性恐怖と言い、その逆の食物新奇性嗜好も持ち合わせています。江戸から明治時代にかけて牛鍋が登場した際、牛肉を食べることの後ろめたさと好奇心のせめぎ合いがあり、そこで“滋養のため”を言い訳にした。しかし、それだけで人気が広まり今日に続いているわけではない。前から存在したぼたん鍋などのレシピを取り入れつつ、さらに食べ手の好みに合わせて美味しく仕上げたからこそ、なのです」。

定着して食べ続けられるには、何より“美味しい”ことが重要。今後、代替肉をはじめとするフードテックの食品がどこまで浸透するかは、それを作る企業と調理する料理人の腕にかかっていると言えるだろう。

超多様性時代に求められるパーソナライズフード

IoT家電によるスマートキッチン、食事管理アプリのようなヘルステック、ベジタリアン・ヴィーガン・宗教食・食物アレルギーなど個人の嗜好や健康に対応するパーソナライズフード市場の成長が目覚ましい。
「社会人類学者のスティーブン・バートベックが2007年に打ち出した概念“スーパーダイバーシティ”は、他国への移動やテクノロジーによる超多様性を意味しているのですが、まさに食の価値観もスーパーダイバーシティの時代。選択肢は増え続け、一人の人間の価値観もその時々で変わります。言わば十人十色ならぬ一人十色です」。

捉えきれないニーズを前に呆然としそうだが、シェフのあなただって一人十色だ。多彩な自身の表現とホスピタリティ、そしてフードテックの力で食べ手を喜ばせてほしい。

宮城大学 食産業学群 教授
石川伸一

東北大学大学院農学研究科修了。北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)などを経て、宮城大学食産業学群教授。分子調理を専門とし、関心は食の「アート×サイエンス×デザイン×テクノロジー」。近著は『料理と科学のおいしい出会い:分子調理が食の常識を変える』『絵巻でひろがる食品学』(化学同人)、『「食」の未来で何が起きているのか 「フードテック」のすごい世界』(青春出版社)など。

text: Yumiko Watanabe

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