BSE発生以来長らく、輸入牛は生後30カ月以下という制限があった。しかし2019年以降、その規制が緩和されている。まず19年に解禁されたのが、米国産、カナダ産、アイルランド産。そして翌20年8月にはフランス産牛肉の輸入制限措置が解除された。
フランスにはテロワールを表現する多様な品種の牛がいて、その数は20種以上ともいわれる。リムーザン、パルトネーズ、オブラックなどと合わせ、世界的に有名なのがブルゴーニュ原産のシャロレー種だ。またフランスでは主に5〜7才くらいの経産牛が好まれ、30カ月齢前後の未経産牛か去勢牛がほとんどをしめる日本とは全く違う。牧草をたっぷりと食べて、十分に運動をし、子を産み、動物として健康な生活を送った母牛の、深い肉の味わいは格別だ。
輸入制限措置中からシャロレー牛を取り扱ってきた輸入商社のトップ・トレーディングは、今年全てのシャロレー牛取り扱いを経産牛に変える。これまでは未経産の処女牛のシャロレー牛肉を販売していたが、使用する料理人から「やっぱりフランスで食べた味とは違う」と言われてしまうことが多かったのだ。
「フランスでは誰に聞いても『長く飼った牛の方が味も香りも濃く、おいしい』というのです。私たちも現地で食べるのですが、明らかに経産牛の方が深い味わいがします」(トップ・トレーディング株式会社岩井直樹氏)
そこで月齢規制の撤廃後、いちはやく経産牛のシャロレー牛のサンプル輸入を開始、4月から正式販売する予定だ。このシャロレー牛は、肉牛の本場である中西部のモンリュソン地域周辺で生産される、二産から三産した5〜6歳の経産牛が中心。肉質的にベストな年齢といえる。
この経産牛をビステッカで食べてみると、サクリと心地よい食感の後、これぞ赤身!と叫びたくなるような強いうま味と、牛らしい濃厚な香りを感じる。シャロレー牛を焼いた「ヴァッカロッサ」の渡邊シェフも「噛み締めた時の歯切れ感がとても良く、うま味は濃く、余韻の長い味や香りは長期飼育ならでは」と評価する。渡欧経験のある多くの料理人が納得するだろう味わいだ。
フランス人が本当においしいと思うシャロレー牛の肉を、今年、多くの日本人が初めて体験することになるだろう。
先日、美食家や牛肉関係者が集まるクローズドな試食会が開催された。ニュージーランド(NZ)から牛肉や羊肉を輸入するアンズコフーズの代表を昨年退いた金城誠氏が「個人的に」NZで購入した特別な牛の肉がその試食会で振る舞われたのだ。その肉とはおそらく日本人が食べたことのない、ニュージーランドの牧草で仕上げ肥育された8歳のアンガス種の経産牛だ。
同氏が7年前、フランスの名店ル・セヴェロで食べたステーキに感動し、産地を訪ねるとそれはスペイン産の肉だった。ヨーロッパの牛肉を勉強しようとイタリアやフランス、そしてスペインの名店を廻って食べると、心に残るものはほぼ、歳を重ねた経産牛だった。
「NZでは経産牛を商品化することはほとんどありません。これはビジネスではなく、自分でトライしてみようと思いました」
そこでアンズコフーズを退任後、種牛を生産するブリーダー農家から優良な血統のアンガス経産牛を10頭購入。8歳から10歳の牛を、最高品質の牧草をもつ農家に預け、8カ月間の放牧で肥育を仕上げたのだ。
生肉の濃厚な小豆色の赤身と、牧草のカロテンが溶け込んだ黄色い脂の色に、参加者一同息を呑む。軽めに焼き上げられたフィレの赤身を口にすると、爽やかな香りと強いうま味が感じられる。しっかり火入れされたリブアイの、脂身も含む味わいは「本当に牧草だけで育っているのか」と参加者が息を漏らすほどに濃厚なうま味。脂身もグラスフェッドバターのような軽やかさと風味のよさだ。
じつはNZはBSE清浄国なので、以前から月齢規制は存在しなかった。ただ、日本人が若い牛の肉ばかりを求めるため、これまでNZ産の経産牛は商品化されてこなかったわけだ。
「今回は私の私的な取り組みでしたが、いつか日本でもNZのすばらしい牧草仕上げの経産牛肉を、みなさんに体験していただける日が来るかもしれません」
その日が来ることをただ祈るばかりだ。
text 山本謙治 photo sono、山本謙治
本記事は雑誌料理王国2021年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2021年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。