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パリのグランメゾン「トゥール・ダルジャン」のすべて


創業450年の歴史を誇る、パリの老舗「トゥール・ダルジャン」。

オーナーを変え、料理を変えてきたが、いつの時代も変わらず人々から愛される理由は、グランメゾンならではのエスプリが生み出す、最上級のサービスにあった。

29歳の若きオーナーがトップに立ち、新たな変革の時を迎えた「トゥール・ダルジャン」。その舞台裏を徹底解剖し、グランメゾンとは、そのサービスとは何かを探る。

「トゥール・ダルジャン」はフランス語で「銀の塔」の意。紋章が彫られた銀皿は店の象徴。

その歴史を1582年に遡り、パリのみならず、ヨーロッパでももっとも古いレストランのひとつに数えられる「トゥール・ダルジャン」。セーヌ川河岸の角地に佇み、朝から夕暮れまで日の光を受けて、その時々の輝きを放つ姿は、その名のとおり〝銀の塔〞である。

1階のサロンで丁重に迎え入れられると、エレベーターで7階(フランス式では6階)へ導かれる。一面に広がるガラス窓から真正面に現れる、シテ島のノートルダム寺院。セーヌ川、サンルイ島、アパルトマンの屋根の数々も見渡せ、そのパノラマを手中にできてしまう、魔法のような空間が広がっている。

現オーナー、アンドレ・テライユは1981年生まれの弱冠29歳。テライユ家が11年にオーナーとなってからの3代目で、父クロードが2006年に逝去してから、同店の舵取りを若くして引き継ぐことになった。

故クロード・テライユは、190センチメートルの長身で、いつも胸にブルーのヤグルマギクの花を挿しており、独特の存在感が伝説の人だった。この建物の5階で生まれ、亡くなるまでの年間をここで過ごす。めったにバカンスもとらず、レストランのもてなし役を怠ることはなかった。彼の座右の銘は、ブリア・サヴァランの著書『美味礼讃』の格言「誰かを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間中、その幸福を引き受けるということである」という言葉だった。

ここで生まれ、亡き父の薫陶を受けて育った現オーナーのアンドレも、「『トゥール・ダルジャン』のエスプリはSavoir de recevoir(サヴォワール・ドゥ・ルスヴォワール(もてなしの心を知ること)です」と声高らかに言う。王室や各国の首脳陣などを頻繁に迎える場所であっても、父クロードは、すべてのお客に対して分け隔てのないサービスをしていた。今でもお客から、そんなクロードの態度への賛美を聞かされることもしばしばで、そのたびに父のすばらしさ、そして、そのエスプリを守っていくことの大切さを改めて思い知らされるという。

「スタッフは厨房も含めて85人。お客さまに心地よいひとときを過ごしていただくため、劇場になぞらえれば、各スタッフが役どころをまっとうするよう、ひとときも怠ることなく心がけているのです。それはけっして苦業ではなく、皆がそれぞれの役職に情熱と責任を持ち〝楽しむ〞というモットーなのです」

シンプルなデザインのメニューには、老舗らしい落ち着いた雰囲気が感じられる。

ベテランスタッフが生む細やかなサービス

全80席に対し85人いるスタッフのうち、勤続10年を超えるのは15人。客室長のセルジュ・ルソーは勤続38年。シェフ・ソムリエのダヴィッド・リドヴェイは29年、第一メートル・ドテル、ミック・クルテは31年、そして鴨をさばく役職を務めるカナルディエ、エリック・ルフェーヴルは32年、というベテラン揃いである。半数以上が常連というお客たちも、サービスに絆を求めているといって嘘はないだろう。

「記念日など、人生の大切な時を祝うためにいらっしゃるお客さまがほとんどですから、この場所での食卓を、忘れがたいひとときとしなければなりません」と、客室長のルソー。お客の希望に叶った柔軟なサービスこそ重要で、たとえば、クレープはやわらかな口当たりがいいとか、しっかり焼けたほうが好みとか。鴨料理なら、焼き加減だけでなく、どんな調味がいいのかなど、細かな要望にまできちんと応える。

それにしても、カナルディエという鴨をさばく専属係が存在するのは、「トゥール・ダルジャン」ならではでなかろうか。ルフェーヴルは25年間カナルディエを務め、もうひとりと持ち回りでポストに就く。客室長のルソーは99年に現役職に就くまでにすべてのポストを網羅したが、カナルディエもそのうちのひとつだ。

同店の鴨料理の歴史は、1890年にオーナーとなったフレデリック・ドゥレールに遡る。ドゥレールは、鴨に番号をつけてサービスを始めただけでなく、お客の前で自ら鴨をさばいたが、それが現在まで受け継がれている。鴨を目の前でさばくということは、その困難な技術を披露することでもあり、フランス料理の伝統において、昔からお客に対する最高のもてなしのひとつだった。だからこそ、今でもサービスにとってこのポストを受け持つことは、大きな名誉なのである。

「トゥール・ダルジャン」は、投資家を持たない家族経営である。だからこそ、従業員それぞれに、店を支えているという感覚が強く、それが結果として店を愛し、長年勤めることにつながる。

外部とのつきあいも信頼で結ばれる。たとえば鴨は60年間以上、ロワール地方ヴァンデ県シャラン市の生産者ブルゴー家から取り寄せている。しかしながらアンドレは、06年にオーナーに就任した時、伝統が店の弱さにもなると痛感。とくに料理がそうだ。店は現状に安住し、お客もサプライズを求めない。進化を拒否する気風さえ見られた。老舗だからこそ、伝統を守りながらも、改革を行っていかなければならないと彼は誓った。

番号をつけた鴨料理のデクパージュは、1890年にオーナーとなった故フレデリック・ドゥレールが始めた。

29歳の若きオーナーが描く老舗の未来像

そこで07年、厨房を全改装して、最新装備に一新を図った。さらに今年4月には、10代目となる新しいシェフを迎え入れた。シェフのローラン・ドゥラーブルは39歳。「リッツ」や同店を経て「アストール」「グラン・トテル」の料理長を務め、04年にはMOF(フランス最優秀職人)にも輝いた実力派だ。

「料理業界において、初めてプリフィクスのランチを考案したのは、実は父だったと記憶しています。新しさを提案できるのもこの店の強さのはず」と言うアンドレは、鴨やクネルなどのクラシック料理を守りながら、2週間に一度メニューを変え、シンプルだがモダンで新しい料理を加えることに挑戦する。

当面の目標は〝二ツ星を取り戻すこと〞。2006年に『ミシュランガイド』で一ツ星に降格した時の屈辱は大きかった。スタッフたちの自信喪失も目に見えるほどだったという。しかし今は、星を取り戻すことに向けて前向きに進む明るさが、新シェフを迎えて、店内に満ちあふれている。

「ウェブサイトも刷新し、外部とのコミュニケーションにも力を入れ始めています。伝統を守りながら、運営の面では超モダンな、若々しい店であり続けること。もし、この店がテライユ家の手を離れることがあっても、店のエスプリは存続し、後世に伝えられなければならないのです。我々は、そんな使命を担っていると思います」

人々の情熱によって支えられる「トゥール・ダルジャン」の魂は不滅であろう。

カナルディエールが切り分け、皿に盛られた鴨料理。特別な日の料理という気分が高まる。

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伊藤 文(パリ)=文 宮本敏明(パリ)=写真

本記事は雑誌料理王国2011年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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