食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

マルセイユ初の三ツ星店を誕生させた、フレンチの重鎮「ジェラール・パセダさん」


目の前に広がる地中海が食材の宝庫だと気づいた時から私の料理が変わり始めた

マルセイユ初の三ツ星店を誕生させて以来、注目されるフレンチの重鎮
ジェラール・パセダさん

 フランス南部の湾岸都市マルセイユで、オーベルジュを経営するジェラール・パセダ氏は、三ツ星レストラン「ル・プティ・ニース」のオーナーシェフでもある。祖父の代は大衆レストランだったが、2代目の父親がそれをミシュラン二ツ星店へと変貌させた。その息子パセダ氏が3代目を継いで18年が経った2008年、このレストランは三ツ星へと昇格する。その理由のひとつをパセダ氏は、「食材として、地中海の魚介のすばらしさを再発見したからだ」と語る。グランシェフの独自の料理観、世界観を聞いた。

違う場所の違う食材ではない身近な食材にこそ可能性がある

──来日されたのは数年ぶりとうかがいましたが、日本の印象はかなり変わったでしょうね?

 私も日本に来るまではそう予想していたのですが、不思議なことに、実際に訪れてみると、当時の印象とあまり変わりません。20数年前と同じように、日本のフレンチのシェフたちは厳格で、情熱を持って仕事に打ち込んでいる。そして、その料理からは、日本人独特の繊細さが伝わってきます。

──どんなところに厳格さが?

 たとえば、食材の持ち味を尊重している点。そのよさを引き出すための努力を惜しみませんね。メイン食材として、私の経営するレストランでは地中海の魚介類を使用していますが、食材へのこだわりや繊細な火入れなどについては、日本人からインスピレーションを得ることが多い。日本人が、ある意味で、フランス料理を一番大切にしているのではないかと思うことさえあります。
 日本とフランスはまったく異なる国ですが、異なるからこそ、互いの文化や伝統を尊重することができる。インスピレーションも与え合うことができるのではないでしょうか。

──日本とマルセイユでは、共通点も多いのではありませんか?

 たしかにそうですね。とくに食材では、新鮮な魚介類や海草などもよく食べるし、マルセイユにも魚を干して食べる習慣があります。料理法は違うかもしれませんが、ウナギも食べます。

──パセダさんのレストランは、ブイヤベースの名店としても広く世界に知られていますが、バセダさんの「地中海料理」の特長は?

 ひとことで言うなら「魚介類をバターやクリームを使わずに仕上げた料理」ということになるでしょう。バターやクリームの代わりに、野菜を煮詰めたジュでコクを出したり、食材にスモークをかけて、香りに変化を付けたりします。

──バターをモンテして仕上げるような伝統的なフレンチとは対照的な料理ですね。

ええ。ですから、「ル・プティ・ニース」を訪れるゲストには、いろいろと説明が必要です。私の料理のコンセプトを理解して来てくれるお客様ばかりではなく、中には、濃厚なソースを添えた伝統的なフランス料理を求めて訪れる方もいますからね。そんなゲストには、私の料理に対する考え方やメニュー構成などについて、事細かに説明します。

──そんな中、「自分の料理が受け入れられている」、「時代に合ってきた」と感じるようになったのは、いつ頃ですか?

三ツ星店に認定された頃からでしょうか。しかし、三ツ星店になったからといって、まったく説明の必要がなくなったわけではありません。「人気レストランだから」というだけで、クラシックなフレンチをイメージして来られるお客様は今もいます。また、定番のメニューがあって、いつでもそれが食べられるというシステムに慣れている人には、その日に水揚げされた魚介によってメニューが毎日変わることも説明しなくてはなりません。

──地中海でとれた食材を中心にするという考え方を、昔から踏襲されているのですか?

いいえ、私は18歳で料理の世界に入りましたが、「これが自分の料理だ」というスタイルが決まるまで悩んだ時期もありました。35歳から48歳までは試行錯誤の連続。その頃の私には「地中海」というものが見えていなかった。すぐそばに非常にすばらしい食材の宝庫があるのに気づかずにいた。紀元前から続く食文化があるのを完全に忘れていたのです。いつも違う場所に違うものを求める。皮肉なことに人間にはそんな習性があるのではないでしょうか。そして悩みに悩んだ末、最終的に原点に戻った。私の場合は、それが地中海でした。「ここに料理のすべてがある」と気づいた途端、オリジナルメニューがどんどん生み出せるようになりました。マルセイユに暮らす漁師や生産者を守っていかなくてはという、そんな義務感も芽生えてきました。

──パセダさんのように地元の食材のすばらしさに気づくシェフが増え、食の力が世界を変えつつありますね。

 そうですね。東京で開催された「フランス料理文化センター」主催のコンクールで、ともに審査をしたレジス・マルコンさんもそんなシェフのひとりです。彼の料理はフランスの寒村に活力を与え、発展へと導きました。

──パセダさんの食の力も、マルセイユを変えましたね。

 そんなこと、自分の口からは言えませんよ(笑)。でも、地元の方たちにそう評価され、喜んでもらえたら光栄です。

 これからの料理には、「健康」というテーマも欠かせませんから、地中海料理をその点でも強調できたらと思っています。昔からフランスのみならず、イタリアやスペインなど、ヨーロッパ大陸南部は健康長寿のエリアとされています。魚介類をオリーブオイルやハーブなどで調理したものは身体によいのです。

スズキのルーシー・パセダ風
魚やハーブなどのブイヨンで蒸し焼きにしたスズキの下には、小さく切った野菜が。スズキのほのかな甘みと野菜の旨味が融合したこの料理は、パセダシェフのスペシャリテのひとつ。

クリエイションのためなら時には身勝手になってもいい

──世界的に注目されるシェフであり続ける、その成功の理由をどう分析されますか?

 第一に、よき「ファミリー」のおかげだと思っています。「ファミリー」というのは、近親者だけでなく、スタッフやゲストまで含めてね。また、アラン・シャペル、ジャン・トロワグロ、ミシェル・ゲラールなど、偉大なるシェフたちからは、よい刺激を受けました。

──それと郷土への愛も大きいのでは?パセダさんのように生まれ育った土地で、100年近く続く伝統を守るようなシェフは少なくなりました。

そうですね。マルセイユへの愛、もしかするとそれが私の一番の原動力かもしれません。私が三ツ星をとるまで、マルセイユは、一度もガストロノミーの舞台として注目されたことがなかった。そんなマルセイユだからこそ、よけいに何とかスポットを当てたいと、必死になれたのでしょう。その気持ちはこれからも変わりませんから、たとえば、いい条件の場所があれば、そこに支店を出すことはあるかもしれませんが、本拠地は、マルセイユ以外には考えられません。

──ご自身の経験を踏まえ、日本の若き料理人たちにアドバイスをするとしたら、どんな言葉をいただけますか?

階段を1段ずつ登るように努力することが大前提ですが、粘り強い日本人にはあえて言うまでもないのかもしれません。ただし、地道な努力だけでは不充分のように思います。
コツコツとたくさんの仕事をこなしつつ、時には、多少無謀な挑戦も試みる。「自分には絶対に無理だ」と思うことにもチャレンジする大胆さも持ち合わせてほしいのです。日本人は真面目で情熱もあるが、そのへんが弱いという印象です。
これがフランス人だったら、クリエイションという点では、躊躇しません。行き着くところまで行くというか、突き抜ける大胆さがあるんです。一方、日本人は理論的にものごとを決めると、なかなかそこからはみ出そうとはしませんね。
他者を尊重する気持ちが、そうさせているのかもしれないし、だからこそ行き届いたもてなしができるという見方もできます。日本のもてなしには、われわれも学ぶ点が多いですからね。でも、そんな日本人が大胆さを身に付けたらどうでしょう。さらにすばらしくなる。それこそ、世界的に注目されるシェフが、今以上に誕生していくことになるだろうと期待しています。

魚介のサフランスープ
ブイヤベースの名店と評判のレストランのシェフが、同じように地中海原産のサフランを新鮮な魚介と合わせて作る濃厚なスープは絶品だ。

上村久留美=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国第236号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第236号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする