お手伝いハルコの『レシピの考古学』②イタリア人シェフの塩分濃度は3.5%!?


無性にパスタが食べたくなる時がある。
自宅では「アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ」一択である。
昔イタリア料理のレシピ本を製作して表紙に「アーリオ・オーリオ」の写真にしたら出版社のエライさんからが「パスタだけだと寂しいから海老でも乗っけては」と。

かけそばに海老乗っけたら天麩羅そばで違う料理になるだろう、まったく!
「アーリオ・オーリオ」のことをアルポルトの片岡護シェフはかけそばならぬ「かけスパ」と呼んでいる。片岡シェフに「アーリオ・オーリオ」を取材した時に基本のパスタの茹で方や塩の使い方を学んだが、パスタを茹でる時の塩分濃度なのだがこれが結構難問なのだ。

パスタに塩を入れる2つの理由


通常はパスタを茹でる時に湯の中に塩を入れるが、主に2つの効果がある。
一つはパスタ自体に塩味をつけ、もう一つはパスタ自体に塩の持っている浸透圧でパスタのコシを強くする。
もしパスタを茹でる時に塩を入れないとどうなるか?
パスタを作る時に塩は2〜3回必要で、1回目はパスタを茹でる時、2回目はレシピによってはゆで上がりに塩分を追加し、最後にパスタソース自体の塩分だ。さらに別途チーズを加えて旨みや塩味を補うこともある。

過去に遡ってパスタのレシピ本から茹でる時の塩分濃度を調べてみると30年以上前のイタリア人シェフの濃度は3.5%だった。ここでいう塩分濃度は1ℓの水に対して10g=1%ということだが、実際のプロは1ℓの鍋で茹でるのはありえない。
多くのレシピ本では“たっぷりの湯”と記載されてパスタ100gに湯は2ℓ必要で4人前茹でるなら8ℓの鍋が必用になる。

日本のイタリアン創世記の頃の料理人は茹で湯の中に菜箸を入れてなめてちょっと塩っぱいかなという塩分量でと。前出のイタリア人シェフの3.5%濃度は実は海水の塩分濃度と相応していて昔は海水の塩分=パスタの茹で塩濃度だった時代がある。(海水の塩分濃度は均一ではなく3.1〜3,8%で平均は3.4%相当となる)
それが時代を経て塩分=健康悪説が浸透してパスタの塩分濃度は下がっていき2%から1.5%となり現在多くのレシピ本は1%濃度を推奨していてさらにイタリアン草分けの一人吉川敏明シェフの(カピトリーノ)では0.8%と細かい数字だ。

パスタに塩を入れないと?


ここまでくると別にパスタを茹でる時に塩なんか入れなくてもいいのではという意見もある。以前血圧が高くなり入院したことがあり、塩分の制限をしなくてはならい時があった。和食やフレンチは元々減塩が難しのでコントロールの効くイタリア料理店に通っていた。

アクアパッツアの日高良実シェフはハルコだけのために無塩でパスタをわざわざ茹でもらったことがあった。
何度も食べたことのあるパスタが無塩だとどうなるかと興味はあった。
が、しかしパスタ自体のコシがなくモサモサした味で物足りない、いや美味しいと感じられない。日高さんにそう伝えるとパスタに塩の下味をつけると同時に塩分の浸透圧でパスタの余分な水分を除いてコシのある食感にするのだと。

そうなってくるとパスタの太さも茹で時間も含めて新たな変数が登場してくる。
片岡護シェフは割と細めのスパゲッティを店では使っていて銘柄はディ・チェコだったが、こんな話を聞いた「ディ・チェコの絞り金が変わってツルツルになって、いままでザラザラしていてソースが絡んでいたのが絡まないのよ」と。
こうなってくるとパスタの表面の凹凸のいかんで塩分の浸透濃度も違いさらに変数が増えてしまう。

もう一つ長年気になっていることがある。それは、パスタを茹でる時になんの塩を使っているかということだ。
ご存知のように日本では過去に塩の専売法があり、自由に塩を作れない時代が長い間続いていた。1997年に自由化が決まり完全自由化になったのは2002年からなのである。塩化ナトリウムの結晶精製塩と自然塩(これも定義は難しいが)では当然パスタの下地が違うはずだ。1997年以前に開業したレストランでは,シチリアの塩を使っていた所が多かったと思う。それも粗塩(グロッソ)と細かい粒子塩(フィーネ)と使い分けていた。この店は小野清彦シェフのダノイだった。シンプルなパスタ味に飽きずに400回程通っていたのはこの微妙な塩使いの上手さだった。面白ことに小野シェフがイタリアに行き戻ってくると1週間ほど全体に塩分が濃くなってしまうことだ。推測だがこの時のパスタの塩分の濃度は2.5〜3%くらいあったに違いはないと思う。

パスタの塩分の濃度は理科の実験のようで面白が、斬新(?)な独自の茹で方を考えているのはアルケッチアーノの奥田正行シェフで。塩分濃度2.5%でパスタを茹でて、パスタの下地をつけて表面の塩分は湯でゆすぎ、パスタソースで調整すると。これもひとつの見識と思う。


後藤晴彦(お手伝いハルコ)
アートディレクター、出版プロデューサー、おいしく工学主催(食文化研究家)
岩手県産業創造アドバイザー、にんにく研究所主席研究員、京都「浜作」顧問、
貝印家庭用品アドバイザー
「家庭画報」で料理ページのデザインを担当し料理に関心をもつ。
フランス、イタリア、スペインなどテーマを決めて食べ歩きを10年ほど続けるが日本料理も探求すべく京都に通う。
その間に脳梗塞になったが、奇跡的に回復し料理と健康医学のテーマに取り込むことになる。また、調理器具開発も手掛け、野崎洋光氏や脇屋友詞氏などの商品プロダクトをする。著書「包丁の使い方とカッテング」「街場の料理の鉄人」「お手伝いハルコの懐かしごはん」など。
「お手伝いハルコ」のキャラクターで雑誌の連載やコラムの執筆活動をしている。


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