鮨屋のカウンターで鮨をあなたは手と箸のどちらで食べるだろうか?
東の次郎に対して西の弥助という鮨名人がいる。
例えは変だが落語家の八代目桂文楽の端正な噺に対してハチャメチャな五代目古今亭志ん生を彷彿する。次郎の端正な形よい握りは箸で持っても崩れはしないが、弥助の鮨はというと手から手渡りされ口の中に入れた瞬間にあっと言う間にバラバラになる。弥助の鮨は箸では持てないのだ。
長年調理器具の開発も手がけているハルコだが、当然直接口に料理を運ぶ器具にも関心がある。
「手食文化」は世界中で24億人、「箸食文化」は18億人、「ナイフ、フォーク,スプーン食文化」も18億人だそうだ。
回教徒やヒンズー教徒の手食文化ではで一番多いが、同じ箸食文化でも中国や朝鮮半島では箸の他に匙も併用するので、一概に決めつけるわけにはいかない。
さて、文明国といわれる食文化のマナーの基本は、ナイフ、フォーク、スプーンの3点セットとなる。
ナイフの登場は人類が道具を獲得した時から硬い黒曜石などが獲物を切り刻むことを偶然気がつき、石器から青銅器,鉄器と進化してきた。
科学技術が発達しIT社会になっても食卓では未だに鉄器時代の延長線に我々はいるのだ。スプーンも最初は手ですくい、窪みにあるものが液体を運んで口に入れるのが便利で現在のような形になったのは容易に想像出来る。
問題はフォークなのである。
ナイフやスプーンに比べてフォークの歴史はいつどこで発達したかの資料が残っている。
スパゲッティを食べる時に大体の人は器用不器用関係なく、フォークにパスタを回して食べやすい量にして口に運ぶ。以前パスタはフォークのみで食べるのが正しくスプーンを使うのはお子ちゃまスタイルだと流布していたことがあったが、昔のナポリの銅版画などにはパスタを手掴みで食べている資料が沢山のこされている。フォークが無ければ箸だって良いのだが残念ながらイタリアはお箸の文化じゃない。余談だが以前西麻布の「アルポルト」で有名な歌舞伎役者の方が箸でパスタを食べているシーンに遭遇して、これもありと思った。
昔はナイフは常に持ち歩く必要不可欠な道具で、肉でもパンでもチーズでも「マイナイフ」で切り取り食べていた。
ナイフが無ければ大きな肉の塊でも自分の歯で引き裂くしか出来ずナイフは本当に便利な道具だった。
熱々の肉の塊をナイフで切り取る時に押さえないと出来ない、そこで昔の人は、考えた「もう1本ナイフを使おう」2本のナイフで押さえて切り、もう1本のナイフで口に運ぶ、しかし、これは非常に危険な行為で口中血だらけになってしまう。そこで人々は肉を焼いている時に使っていた二股の道具を肉押さえにすればいいと考えたが,とても長くて使いにくい。
じゃ、柄を短くすればいいと現在のフィークの原型が誕生するがフォークの原型は最初は歯が2つなのだが、刺して食べるためのピックはフォークとは呼ばない。
フォークの原型は中東から7世紀頃のイタリアの宮廷に伝播し、高貴な方々はフォークを使っていたらしい。1533年にカトリーヌ・ド・メディシスがフランスの国王アンリ2世に嫁ぐ時に、宮廷料理人から色々なレシピまで食の後進国のフランスへ持ち込んだ。その時にフォークも持ち込まれたのだが、まだ一般化はしない。これがイギリスに伝わるとフォークを使う人を「フルキフェル(Furcifer)」と呼んでいた。偉大なるイギリス人はフォークを「こんな道具を使うのは軟弱な「華美で女々しい道具」として侮蔑していたそうな。イギリスではフォークが広まらなく、料理自体も遅れたのはこんな精神のせいか?(知らんけど)
その後フォークはヨーロッパ全体に広がっていき歯が2つから3つ、4つ5つ6つと増えて結局は口に入れた時に丁度良い4つの歯に収まった。
わずかフォークの発達普及は数百年の歴史しかないのだ。
フォークのみで食べている時は空いている手を必ずテーブルにつけておくというマナー(ルール)もヨーロッパではあった。これは、テーブルの下でナイフ(武器)を持っていないという意味もあったのだ。また、料理に毒が入っているのを恐れてナイフなどに銀製が使われ食卓は怖い場でもあったのだ。
※参考『フォークの歯はなぜ四本になったか』(ヘンリー・ペトロスキー著/忠平美幸訳・平凡社1995年)
後藤晴彦(お手伝いハルコ)
アートディレクター、出版プロデューサー、おいしく工学主催(食文化研究家)
岩手県産業創造アドバイザー、にんにく研究所主席研究員、京都「浜作」顧問、
貝印家庭用品アドバイザー
「家庭画報」で料理ページのデザインを担当し料理に関心をもつ。
フランス、イタリア、スペインなどテーマを決めて食べ歩きを10年ほど続けるが日本料理も探求すべく京都に通う。
その間に脳梗塞になったが、奇跡的に回復し料理と健康医学のテーマに取り込むことになる。また、調理器具開発も手掛け、野崎洋光氏や脇屋友詞氏などの商品プロダクトをする。著書「包丁の使い方とカッテング」「街場の料理の鉄人」「お手伝いハルコの懐かしごはん」など。
「お手伝いハルコ」のキャラクターで雑誌の連載やコラムの執筆活動をしている。