「以前から海外で働きたいという強い思いがありました」という内田さんは、公邸料理人になって希望を実現した。海外で働けるだけでなく、身分が保証され、安全な環境で仕事ができ、決まった収入が約束されているなど、公邸料理人として働くメリットは大きいと言う。
赴任先によっては食材や調味料の調達に苦心する場合もあるが、内田さんの最初の赴任地アメリカのナッシュビルでは、そうした苦労がほとんどなかった。野菜や肉は豊富で鮮度もよく、東京の築地からは新鮮な魚が空輸で届く。日本食材の専門店もあった。
日本を発つ前、不安といえば英語に自信のないことだったが……。「言葉の壁は、働きながら覚えることで自然と越えることができますが、僕の場合は個人レッスンしてくれる友人に出会うことができてラッキーでしたね」。
これから公邸料理人をめざす人へのアドバイスとしては、「日本料理を専門とする人は問題ないのですが、僕のように洋食が専門の場合は、赴任前に天ぷらや鮨など、ひと通りの和食ができるようにしておいたほうがいいでしょう」と言う。
洋食が専門とはいっても調理の基本はできているし、現地に行ってからでも和食の勉強はできるが、より質の高い料理を提供するためには、ある程度の準備が必要だ。
「公邸料理人として2か国目に行く際には、もっとゲストに喜んでもらえる料理を提供したい」
こう考えた内田さんは、ナッシュビルでの任期を終えて帰国すると、日本料理店で働くことを決めた。そこで改めて日本料理の繊細さ、奥深さを学んだという。
そして、2018年5月には、いよいよ2か国目となるアルメニアへ。トルコやジョージア、アゼルバイジャンなどに接する東欧の国アルメニアは、日本人にとってあまり馴染みのない国だが、内田さんはどうだったのだろうか。
「まったく知らない国でした。でも知らないからこそ知りたい、そこで働いてみたいと思いました」。いかにもチャレンジ精神溢れる内田さんらしい。公用語はアルメニア語とロシア語で、英語はほとんど通じない。食材もナッシュビルのようなわけにはいかず、コロナ前は、3か月に1度のペースでパリに買い出しに出かけていた。「そのほかにも、断水、停電などのトラブルは多いし、交通渋滞もすごい。人々の感覚も日本人とはまったく違うから、思い通りにならないことも多く“約束を守ってくれない” とストレスに感じることもありました」。
しかし、日本とは違う国で、日本流を貫こうとしていた自分が間違っていたと気づいた時から気持ちが楽になった。アルメニアの伝統や文化、人々の価値観を尊重しつつ、アルメニア語も勉強中だ。
日本料理を本格的に学んだことで、「今のほうが自分でも納得のできる料理ができていると思います」と語る内田さん。公邸料理人の仕事は自分をより高みへ導くと実感している。
9月27日からアルメニアとアゼルバイジャンの間で軍事衝突が発生しています。
記事はそれ以前に取材した内容で、必ずしも最新の状況を示すものではありません。
text 上村久留美
本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。