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自分の人生を好きに生きる「レイジーデイジーベーカリー」中山真由美さん

lazydaisybakery

2016年11月、東京・湯島に誕生したイギリス菓子店 Lazy Daisy Bakery (レイジー デイジー ベーカリー)。約7坪という小さな店で週4日という短い営業時間ながらも、全国からファンが足を運ぶ人気店として順調に歩みを進めている。店主の中山真由美さんは、元アンティークディーラーというまったくの異業種から、50代で料理人へと転身。独立開業という形でセカンドキャリアをスタートさせた中山さんの働き方に迫った。

長く続けていくために“無理をしない”努力を

「せっかく週4日の時短営業という点に注目していただいたのですが、蓋を開けたら『なぁんだ』と拍子抜けされるかもしれません」

 開口一番、朗らかな笑顔でそんな言葉を発した中山真由美さん。その真意を伺うと、「月曜と火曜は仕込みの日、水曜から土曜が店の営業日で、日曜は事務処理や食材の手配をする日というスケジュールで稼働しています。今のところ実質休みはない状態ですね」。それでも、週日営業という形でスタートした開業当初と比べて、だいぶ楽になったと打ち明ける。「実は半年くらい経ったころに倒れてしまったんです。そこで、もう1日ゆとりを作ろうと、今の営業スタイルになりました」。

 店内には常時約15種類の焼き菓子が所狭しと並ぶが、その製作だけでなく、当然包装や接客などのすべてを中山さんがひとりで切り盛りする。できるだけフレッシュなものを召し上がっていただきたいという思いから、その日に作ったものは当日中に売り切り、基本はストックを持たないというのが中山さんのポリシー。そのため、店を開けている間もオーブンはフル稼働し、つねに何かしらのお菓子が焼かれている。「開店時にはできない作業もあって、それをクローズしてからこなしていた以前は、半分店に住んでいるような生活でした。今はそういった下ごしらえを仕込み日にまとめてできるようになったので、営業日に焼ける量も増えたし、家にも早く帰れています」と笑顔を見せる。

 収入源となる営業日を減らすことへの葛藤や不安はなかったのか尋ねるも、答えは明快だった。
「全然なかったですね。私はこの仕事をいい大人になってから始めたので、『無理はしない』と最初から決めていました。長く続けていくために、これから先も自分にとって楽なスタイルを見極めることも大切な要素のひとつです」

焼き菓子以外の伝統菓子も手がける。キャラメルに似た「ファッジ」は、イギリスのキャンディショップには必ずある定番おやつのひとつ。

素敵な人生を歩む先人に感化新たな一歩を踏み出す決意

 以前は、アンティークディーラーとして活躍していた中山さん。イギリス各地への出張で何よりの楽しみが、ティールームに立ち寄ること。気づくとイギリス菓子にすっかり夢中になっていたそうだ。アンティークの仕事を離れても、独学でお菓子作りを楽しんでいたが、もっとおいしいお菓子を作りたいと、ル・コルドン・ブルー東京校でも教鞭を振るったジャンポール・チェボーさん主催のフランス菓子教室の門を叩く。あえてフランス菓子を選んだのは、お菓子の基本を広く学べると考えたからだ。技術や食材の選び方、基本的な考え方などを身につけるが、この時点ではあくまで趣味の一環だったと振り返る。

 転機となったのは、イギリス南部にあるルイスという街を訪れた時だ。「コーヒーもお菓子も感動するくらいおいしい店に巡り合ったんです。オーナーとお話しをしたら、リタイア後の60代からお店を始めたと伺って、なんて素敵な人生なんだろうとロマンを感じました」。それを機にまるで運命かのように、その後も次々と高齢で独立開業した女性との出会いを重ねていく。「徐々に、私がやってもいいのかなと考えるようになっていきました」。

ビクトリアスポンジ 中央の赤いジャムがお約束な1800年代のお菓子。一説にはご主人のアルバート公を亡くされて意気消沈されている、ビクトリア女王のために作ったとされる。卵3個を殻ごと計量して、同量の小麦粉と砂糖とバターにベーキングパウダーを加えるのが基本レシピ。中山さんはキメが細かくふんわりと軽い口当たりに仕上げ、キルシュを加えたラズベリージャムを挟む。

不安は行動することで解消自分の人生を好きに生きる

 女性ひとりでの独立開業に加え、50代で異業種からの転身と伺うと、決して平坦な道のりではなかったのではと容易に想像ができるが、それについても中山さんは「心配ばかりしていてもしょうがないですから……」と微笑む。
 開業にあたり中山さんがまず取った行動は、食品衛生の知識を得るための職業訓練校に通うこと。衛生についての知識と習慣を半年間かけて身体に刷り込んだ。その後スタートした物件探しの間も派遣社員として働きながら蓄えを増やしたという。

「一番不安になるのはやっぱりお金のこと。開業というと借り入れをまず検討する方が多いと思います。ただ、たとえその額が小さくても私は負担に感じると思ったので、蓄えの中での開業を目指しました。もし万が一潰れてしまっても『あっ失敗しちゃった!』って思えるくらいのダメージならいいかと」。

 一方で、イギリス菓子一本でいくという選択については、不安や迷いは一切なかったと言い切る。「これがフランス菓子ならおいしいお店がすでにたくさんあるので話が違ったかもしれませんが、イギリス菓子の専門店はほとんどなかった。これまで日本であまり知られてこなかったイギリス菓子の魅力や、自分が感じてきたことを伝えられると思ったら、ワクワクしたんです」と目を輝かせる。

オープンから約2年。当初は猛反対だった家族からも今は応援してもらえるようになった。「以前は日々の業務でいっぱいいっぱいでしたが、最近は少しずつやりたいことに目を向けられるようになってきました。実現できるかは別ですが、食べられるスペースがほしいなとか、お客さまからリクエストされているお教室もできたらいいなとか。直近の課題は、イギリス菓子にまつわるストーリーをもっと伝えていくことですね」と今後への意欲を燃やす。
「人に迷惑かけずにしっかり尻拭いできるかぎりは、好きにやろうかな。だって、自分の人生ですから」

レモンドリズルケーキ(上)
すりおろしたレモンの表皮とブルーポピーシードを合わせて焼き上げた生地に、レモン果汁を絞ったシロップを染み込ませたケーキ。アイシングもレモンとレモンづくしのケーキは、心地よい酸味が特徴。しっとりとした生地にポピーシードがプチプチと弾ける食感が楽しい。
ストロベリークリームケーキ(下)
旬のフルーツも多用される。春を表現するイチゴのケーキは、とちおとめで作ったジャムを生地とバタークリームに合わせる。なめらかでミルキーな生地に春の訪れを思わせる穏やかな甘さが光り、バラの花びらが可憐な印象を与える(4月中販売終了予定)。
中山真由美さん Mayumi Nakayama
イギリス菓子店店主。アンティークディーラーとしてイギリス各地を巡るうちに、イギリスの伝統菓子とそれにまつわる物語に魅せられ、自身でも手がけるように。「ル・コルドン・ブルー東京校」 でも教鞭を振るったジャンポール・チェボーさんにお菓子の基礎を学び、2016年東京・湯島に「Lazy Daisy Bakery」を開店。
レイジー デイジー ベーカリー Lazy Daisy Bakery

レイジー デイジー ベーカリー
Lazy Daisy Bakery
東京都文京区湯島2-5-17 1F
090-5084-6439
● 12:00~19:00
● 日~火休、ほか不定休
www.facebook.com/lazydaisybakery


君島有紀=取材、文 土岐節子=撮影

本記事は雑誌料理王国第298号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第298号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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