山奥でこそ実現する真の地産地消 先進的料理の可能性は都会より地方にある レヴォ 22年8月号


過疎化が進み、山は原始に戻ろうとしていた……。そんな富山の寒村を蘇らせた谷口シェフのテーマは究極のテロワールによる美食の追求だ。ツキノワグマ、タニシ、アズマヒキガエル、黒文字など。自然に寄り添う気持ちと技があれば、何もない村が、何でもある食材の宝庫として輝く。

どんなに不便であっても美食あるところに人は集う。今やレストランにとって地の利の良さはさほどメリットではないようで、2020年、富山県の山深い利賀村に谷口英司さんがオープンさせたオーベルジュ「レヴォ」がそれを物語る。3棟あるコテージは6ケ月先まで予約でうまっているという。「あくまでも料理ありきなのですが、遠くから来られる方もいらっしゃいますし、できれば山の自然も満喫してほしいから、宿泊施設は外せないと考えています」と谷口シェフ。冬は一帯が雪に覆われて静謐な時間が流れる利賀村だが、春には木々が一斉に芽吹き、初夏になると眼下を流れる利賀川が隠れるほどに緑が茂る――。こうした景色もまたごちそうというわけだ。

8000㎡の広大な土地に建つレストラン棟。近くにはコテージ、サウナ棟、パン焼きのための小屋などがある。

大阪出身の谷口シェフがフランスで研鑽を積んだ後、富山を拠点に料理を作り始めたのは12年前のことだった。ホテル内に開いた「レヴォ」の前身となるレストランは国内外で脚光を浴び、富山にこの人ありと言われたほどだ。

そんなシェフがさらに山奥へと分け入って開いたオーベルジュは、富山市内から車で1時間半以上もかかる。途中、細くくねった山道もあり、冬には雪で通行止めになる危険もあるが、利賀村こそ、「自らの表現を貫く理想の場所」と言い切る。

開放感あふれるオープンキッチン。利賀村の素朴な景色と活気ある厨房の様子、客席からはこの両方を見ることができる。
食事を堪能した後はレストラン下のラウンジでひと休み。
個室もあり、プライベートな空間で食事を楽しむこともできる。
宿泊できるのは1日3組までで、タイプの異なる3種のコテージが用意されている。

「レヴォ」の魅力は、何といっても独創的かつ前衛的な料理にあるが、新しさを追求しつつ、絶対に変えない点は、「レヴォ」に足を運ばなければ体験できない味の構成にこだわることだ。
「これからの料理人に求められるのは、他店と差別化できる料理を生み出す力です。どんな情報も簡単に手に入る時代ですから、はやりの料理を真似しようと思えばそれは難しくない。そこで重要になってくるのが差別化です。僕の料理の材料は約95%が富山産で、いずれにも生産者の強いこだわりが活かされている。山に自生する食材も含まれるので、絶対に真似できないと自負しています」

田螺(タニシ)
富山県西部に位置する射水市産のタニシを薪で炙り、ほのかな甘味の新タマネギのジュと合わせた。サザエにも似たタニシの食感が小気味よい。シオデなどの山菜で季節感を出し、藤の花で彩りを添えた。薪は、レヴォよりもさらに奥地の森から伐り出されたナラを使用。
大門素麺
富山県の特産品のひとつである大門素麺をほどよい硬さにゆで、黒部で作っているヤギのチーズのスープと合わせた温かい料理。大門素麺は「レヴォ」専用に半生で仕上げてもらっているという。仕上げにふったフキノトウのオイルが豊かな香りを放つ。

その背景には、時間をかけて富山の食材と向き合ってきた体験と、じっくり育んできた生産者との信頼関係がある。現在、「レヴォ」には、掃除やベッドメイキングの担当などを含めると20人ほどのスタッフが働いているが、元々の地元民を含む全員が、利賀村の住人として暮らしている。
「山に自生する山菜やキノコを収穫したり、食材として使うタニシやアズマヒキガエルをとったりするほか、畑の手入れにパン焼きなど、とにかく毎日やることがたくさんあって忙しい。けれど、サービスも厨房のスタッフも、いつかそれが自分の実力、ひいては差別化の源になると信じて頑張ってくれているんだと思います。

シェフが手にしているのは食用のカエル。利賀村からさらに山奥に入り、スタッフみんなで捕獲している。
グルヌイユ
和紙のコースターの上にはアズマヒキガエルのもも肉のフリットが盛られ、その下の深い器の中には、カエルの腕肉やバラ肉、山の新芽(イタドリ、アケビ、クワの新芽など)のセビーチェが入っている。フグにも似たアズマヒキガエルのうま味と食感に感動するゲストは多い。

若い料理人の中には、故郷や地方でお店を開きたいと思っている人が多く、うちにも修業希望の人や、アドバイスを求めていろいろな人が訪れます。そうした人に必ず助言するのが、『技術を磨くのも大切だが、店を開きたい場所に1日も早く向かいなさい』ということです。料理人にとって大切なのは生産者との信頼関係ですが、その絆を得るまでには時間がかかるからなんです。

チームできびきびと動く厨房スタッフ。サービス担当のスタッフとの息もピッタリ。

あとのことは、素直な気持ちで山や川と接すれば、向こうから語りかけてくれます。不思議なもので、何かヒントを得ようという貪欲な気持ちで山を歩いていても、山は何も教えてくれないんですね」

そんな日々だから、ここでは声高に「サステナブル」を連発する必要もない。自然に敬意を払って、恵みの一部をいただく。その気持ちがなければ自然も自分たちもダメになる、サステナブルは日常なのだ。

虎魚(オコゼ)
皮目はパリっと、身はふっくらジューシーに仕上げた虎魚の火入れは絶妙。付け合わせは、山菜の1種である香椿(チャンチン)の若芽、ウドなど。赤いソースは富山産のガス海老をベースに、唐辛子と赤ピーマンを混ぜ合わせたもの。最後にオレンジの皮を削って散らした。
レヴォ鶏
酒粕などを餌に「レヴォ」のためだけに富山で育てられているレヴォ鶏を使ったスペシャリテ。鶏の胸肉やもも肉、熊の脂やコシアブラなどを入れて炊いた米を鶏に詰め、さらにもも肉を巻きつけて薪火でじっくり焼き、マスタードソースを添えた。
黒文字
「レヴォ」近くの山に自生する黒文字で構成したデザート。薄く伸ばしたパリパリのパイ生地、クリーム、カラメルシロップ、瞬間冷凍したパウダーなど、デザートを構成するすべてのパーツに黒文字を使用している。白く清楚なエディブルフラワーが印象的。

ただし、シェフにも“縛り”はある。
「経済的責任ですね。この店を開くには億単位の資金が必要で、融資を受けるのに2年かかりました。それを20年かけて返済する一方、スタッフたちの暮らしを保証する責任が僕にはあります」

しかしこの地で料理人として生きることは、お金に換算できない喜びがある。というのもシェフが目指すのは、今儲かるレストランではなく、後世まで名を残せるレストランだからだ。「和食の世界には何代も続く老舗があるのに、日本のフランス料理店にはそれがない。僕が思い描くのは、たとえ僕がいなくなっても、後々まで続くレストラン。日本のフランス料理界もそういう店が登場する段階に来ていると思うんです」

熟成庫にはツキノワグマやイノシシなどが毛皮付きで保存されている。鮮度を保ち、肉のうま味が増す熟成法だ。
セラーの大半を占めるのが富山産の日本酒やワインだ。

オープンから1年足らずでミシュラン2つ星を獲得した「L’évo」の店名の由来は、進化を意味する「L’évolution」。確実に進化し続けるこの理想郷の未来図が、谷口シェフの中ではすでにでき上がっているに違いない。

谷口英司

1976年、大阪府生まれ。和食の料理人だった父親の影響もあり料理の道へ。高校卒業後に就職したホテルでフランス料理と出会い、国内やフランスの星付きレストランで腕を磨く。2010年に富山に移り、2014年「レヴォ」を立ち上げる。「ミシュランガイド富山・石川(金沢)2016 特別版」で1つ星にて掲載、「ゴ・エ・ミヨ東京・北陸2017」では「今年のシェフ賞」を受賞した。2020年、オーベルジュ「レヴォ」を利賀村に移転オープンし、「ミシュランガイド北陸2021特別版」で2つ星にて掲載。「ゴ・エ・ミヨ2022」にて、2度目の「今年のシェフ賞」を受賞。

富山県南砺市利賀村
大勘場田島100
TEL 0763-68-2115
●レストラン(完全予約制)
12:00/12:30~、18:00/19:00~
●オーベルジュ
チェックイン15:00~、チェック
アウト11:00まで
水休、8月1日~20日は夏季休業

text: Kurumi Kamimura photo: Gaku Yamaya

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